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「さよならドビュッシー」

中山七里著。
第8回(2009年)『このミステリーがすごい!』大賞受賞作品。

機内のお供にと思って偶然買って読んだのだけど、調べてみれば来春映画が公開されるとか。
なかなか良いタイミングで読んだのかもしれません。
映画を観る観ないは別として。



ここから先は読んでない人は避けた方がいいかも。
完全なネタバレじゃないけど、察しのいい人にはわかっちゃうと思います。





読書感想文
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by teri-kan | 2012-10-31 11:56 | | Comments(0)

「シルマリルの物語」その2

シルマリルとは、とあるエルフの手によって作られた至宝で、あまりの素晴らしさに奪い合いの対象、憎しみ合いの象徴のようなものになってしまう宝玉です。
このようなものを作り出せる技の持ち主は、当然のことながらその技術を賞賛されるのですが、当の本人は自らが作り出したものにあまりに執着しすぎてしまい、結果として大変不幸な運命を一族に招いてしまいます。
映画に出てくるガラドリエルもその一族の一人で、彼女も以後長く困難な生を歩むこととなります。

シルマリルを生み出したエルフは大変激しい人で、後の「指輪物語」のエルフと比較すると驚くくらい行動的で情熱的です。
エルフにも若い時代があったんだなーと思うのですが、読んでいると「指輪物語」のエルフは見かけはあれでも中身は老人なんだということがよくわかります。
老人だから達観してるのであって、種族として元々達観してるわけではないのです。
だから若い時代のエルフはなんだかやたら人間くさくて、傲慢だったり勝手だったりする。

もちろん老衰死というものがないので、その若い時代も百年とか千年単位なわけですが、逆に考えると、ひとたび恨みや憎しみを抱くと、それがそのまま数百年数千年続くということで、それはそれで随分と大変な人生だなあと思わずにはいられません。
人間は唯一神によって最初から死すべき運命を与えられている種族ですが、考えようによっては死は恩寵ですね。エルフよりも繁殖力があって、生のサイクルは短いながらも活気と活力が常に再生されるというのも、きっと幸いなことなんでしょう。

まあ、そんなことを思えるようになるのははるか後の時代になってからのことですが。
エルフが若い時代は時代はエルフのもので、人間ははっきりいってお呼びじゃないです。



シルマリルをめぐる不幸は、シルマリルを構成する物にあったんだなあと、再読していて気付きました。
シルマリルって光を中に閉じ込めた宝石なんだけど、この光ってのがすごくて、どんだけすごいのかはWikiのここを見てもらうとして、シルマリルをめぐる最大の問題は、中の光を作ったのはエルフじゃなくもっと高位の存在の者であるということなんですよね。エルフが自らの手で作ったのは光を取り囲んでる宝石部分だけで、シルマリルに最大の価値を与えている光自体はエルフの手によるものじゃないってことです。
光を閉じ込めた技があまりに素晴らしく、自身の手に光を持てるようになった驚きと喜びで皆勘違いしてるけど、これは光を生み出したわけでない者が光を独占しようとしたとも言えるわけで、エルフの能力から逸脱してる行為と捉えることもできるのです。
輝く二つの木が健在な間はまだいいけど、破壊されてシルマリルの中にしかその光は存在しなくなったとなると当然問題は問題として表に出てくるわけで、今後二度と作れない至宝に執着するのは理解できるとしても、これは自分が作ったから自分のものだと完全には言えないシロモノなのです。
ゼロから全てを作り出したのなら案外ここまで執着しなかったかなあと思うし、中から外まで全てを自分が作ったわけではなかったというところが、非常に微妙だったなあと思います。

彼の子孫はその執着を呪いにまで昇華して、ボロボロの末路を迎えます。
素晴らしいものを作り上げたがための悲劇で、それにはもちろんこの世界を代表する例の悪も絡んでいます。
既に神の時代は過ぎ去り、人間と人間くさいエルフの時代の物語で、ここら辺からは本当に「物語」って感じ。
人間は有限の命だし、エルフだって死ぬ人は死にますからね。
限りがあると物語もドラマチックです。




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by teri-kan | 2012-10-24 10:47 | | Comments(0)

滅びの言葉

といっても、「バルス」じゃなくて「面白うないのう」ですが。

まあ、滅びの言葉っていうより……呪いの言葉?
自らに呪いをかける言葉ですね。
これを発した人間は遠からず破滅するという、強力な呪文です。



大河ドラマ「平清盛」、とうとう成親がこのセリフを吐いてしまいました。
ああ、なんだか丸い顔が懐かしい。
そういえば信頼って人、いたなあ。

このドラマは「面白き世を作る」というのが大きなテーマの一つなんだけど、清盛が自らにとっての面白き世を目指せば目指すほど、それが面白くないと思う人間は次々出てきて、結局清盛の前にバタバタと倒れていく。
権力闘争ってことなんだろうけど、だから「面白うないのう」は負け台詞なんだな。
吐いたもんが負けなんだ。

側近は負け確定の雰囲気ぷんぷんだけど、後白河院はそうではなくて、なんだかね、今週から松田後白河がユル・ブリンナーに見えてしょうがない。
「王様と私」、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ~。
権力欲むき出しにして表情メラメラさせてたからですかねえ。
やけにイキイキして見えましたねえ。



昨夜NHKのEテレで鴨長明を扱った番組があったんだけど、彼の無常観についての出演者それぞれの見解が面白かったです。
昨日と同じ日が明日も来ることが幸せであると普通の人は考えがちだけど、それは普通のことじゃないとか、明日は常に新しい別物の明日だとか、聞いてて大河ドラマ「平清盛」の頼朝を思い出さずにいられないことがちらほら出てきました。

頼朝は今伊豆で「昨日と同じ今日、今日と同じ明日、明日と同じ昨日」を生きていて、流れてない川の上で停滞してるんですね。
川というより池? 人生はゆく川の流れだけど、頼朝はもうずっと長い間流れることなく同じところに留まっているんです。
停滞してるから実は今現在は無常な状態じゃなかったりするんだけど、でもそれじゃ生きてることにならないわけで、実際ドラマ観ててもわかるけど、今の頼朝は生ける屍。
彼が再び流れる川に身を投じ、生きるということをするにはもう少しかかるんだけど、まあ川に流されれば岩にぶつかったり渦に飲まれたりいろいろ失ったり、たくさん苦しい目にもあったりするのですが、でもそれこそ生だとなれば、無常と生はまったくもってセットなのだなあと、今更のように思ったりするのでした。

頼朝を川へ引き戻すのは政子ってことでいいのかな。今はまだ頼朝の周りでばたばた泳ぎながら止まってる水を動かしてるだけって感じだけど。
でも政子の言う通り、明日は自分次第なんだよね。どう転ぶかわからないそれは、やっぱり無常としか言いようがないけれど。



ひるがえって、「面白うないのう」。
よくよく考えたら、この言葉は確かに危険かもしれない。

うん、呪いの言葉になりうるかな。
上手く川の流れに乗れていない不平不満って誰にでもあるけど、それの吐露の仕方はちょっと考えた方がいいように思いますね。
成親の「面白うないのう」は愚痴にしては禍々しかったです。
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by teri-kan | 2012-10-22 15:53 | 大河ドラマ | Comments(0)

酒と歌謡と男と女

大河ドラマ「平清盛」はとうとう建春門院滋子が死去。
これを機に政治対立、陰謀、闘争……雰囲気が一気にきな臭くなります。
いよいよ平家滅亡ロードの始まりです。



「武芸もいいけど芸事もネ」というより、「むしろ芸事だよネ!」とばかりの平家の坊ちゃん方に、時代の流れを寂しくかみしめる白髪の目立ってきた忠清。
ところがどっこい彼の出番はこれからで、止まった的に向かってのんびり矢をつがえていた坊ちゃん達はこれから大変なことになるのです。

「戦の時代はもう終わったんだよ。これからはずっと平和なんだよ。歌と踊りの時代なんだよ」と、平和ボケの現代日本人に馴染みの感覚にどっぷり浸かっていらっしゃる坊ちゃん方。
誰が彼らを責めることができるでしょうか。
あの時あの状況では後白河院の五十の賀で青海波を完璧に舞うことが政治だったのです。酒をぶっかけられながら屈辱の中で舞いを披露した彼らの曽祖父忠盛も、維盛達の舞も、同じようなもんと言えば同じようなもんなのです。

とかやってる間にも西光と成親はふつふつと平家への不満を蓄積中。
登場したての頃は区別のつきにくい二人でしたが、今ではすっかりキャラも分かれて、理想主義者信西をスケールダウンさせた理想主義者西光と、典型的日和見腹黒お貴族様の成親といった感じで、それぞれいい味出しています。はっきり言ってメインキャラよりいいくらいです。
特に成親のお上品な陰険さ、ソフィスティケートされた腹黒さは好きですね。表情の一つ一つがいかにも腹に一物持ってるお公家さんで、イメージそのまんまの平安貴族です。

そんな彼らと平家の間をとりもっていたのが滋子ですが、うーん、最後までヘアスタイルに慣れなかったなー。
性格はいかにも松田後白河の好きそうなタイプでしたが、絶賛された美貌の持ち主といったイメージからはちょっと遠かったかも。
酒好き設定はいいのか悪いのか正直判断がつきにくいです。
一昔前まで女の酒好きなんて誉められたもんじゃなかったし、そもそも戦前までは(戦後しばらくもかな)女が堂々とごくごく飲める雰囲気じゃなかったみたいだし、土地柄もあるのかもしれないけど、家付き娘だった曾曾祖母はダンナより立場が上だったから女でもお酒をたくさん飲めたんだよって話なんか聞いてると、女の酒豪は昔は存在しにくかったんじゃないかなと思います。
でもドラマの滋子にとってお酒は清盛と後白河院をつなぐアイテムでもあって、酒を酌み交わして結びつきを強める象徴としての滋子、なんですよね。両者で酌み交わされた酒はイコール滋子なのです。
そこらへんの暗喩は手がこんでるなあというか一歩間違えれば無駄だよなあなのですが、意図したいことはよくわかるからまあいいか。
酒豪で天パって、国母のキャラとしてはやっぱりピンとこない設定だけど。



滋子を亡くして今様を歌う後白河院……それはまあいいんですが、院は歌は詠んでないのかな。後白河院は歌が上手くなかったらしいけど、滋子を亡くした心境を自分の言葉で詠んだりはしていないのだろうか。
自分の感情を正しく言葉にする、歌にするってかなり高度な技で、しかも文字数とか用法とか決まりもたくさんあって、そんなの平安人だからって誰でもできるわけじゃないよなあって感じで、でもそれでも発散したい自分の感情というものは普通の人間なら誰でも持ってて、そういう時に今様があったなら、確かにその歌に自分の思いを乗っけたいと思うでしょうね。
それってまんま現代人の歌の聴き方楽しみ方と一緒で、後白河院ってそういうところがすごく近しい感じがします。

で、本当に詠ってないのかな、滋子の死を詠んだ歌。
それとも詠んだはいいけど遺せないくらいに下手くそだったんですかね。
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by teri-kan | 2012-10-19 13:31 | 大河ドラマ | Comments(0)

ある意味幸福なことではあるような気がする

ポーランドで行われたサッカー日本代表のブラジルとの親善試合。
日本は力の差を見せつけられ、0-4で完敗しました。

ここまで叩き潰されたら悔しくて情けなくてたまらないものですが、今回に限っては確かに悔しいんだけどそれ以上に嬉しいというか、「楽しい試合だったなー」というか、本田のコメントがものすごく理解できます。
強い相手が存在してそれと戦える喜びとか、自分の真の力を思い知らされるありがたさとか、そういうのってあるんですよね。

ブラジルとガチで打ち合う試合をする機会というのは、実はほとんどないんじゃないかと思ってて、今回はかなり絶妙なマッチメイクだったと思います。
今のブラジルは親善試合が公式戦の代替試合っぽい位置づけになるから、普通の親善試合より真面目に対戦に臨んでくれるし、日本としても公式戦でブラジルと戦うなら守備に重きを置いた試合をするけど、親善試合なら結果度外視で自分らしいサッカーにトライできる。
そういった条件もあって、稀に見るオープンにぶつかり合う日本対ブラジルになったわけですが、だからこそ課題が丸見えになって面白かったですね。強豪国との差が本当によくわかりました。

やっぱりねえ、個の能力ですよね。個人の力に尽きるんだよなあ。
今までもずっと言われてることだけど、組織だなんだと言ったって、結局は最後個に帰るんですよね。
日本代表、ことごとく1対1で負けてたもんな……。
あ、内田とネイマールの削り合いは面白かったですけどね。

前田と岡崎がいなかったのが残念でした。
裏をとる動きがあればブラジルディフェンスをもう少し慌てさせることができたと思います。
あと、フランス戦を見てないんであまり強く言えないけど、乾はやっぱりどうなんだろうって感じ。
私が見た時で乾が良かった時って一度もない……。



とにかくブラジルは強くて上手くて速くて賢くて、日本の連携をブツブツと断ち切っては個人対個人の差を見せ付けて一気にシュートって感じで、まさしく王様としてピッチに君臨してました。
さすがサッカー王国でしたね。
かえすがえすも南ア大会が悔やまれます。
ブラジル対スペイン、見てみたかった。



これからも3年に1回くらいのペースでブラジルと親善試合が組めないものですかね。
ブラジルは迷惑かもしれないけど、ブラジルとたくさん試合がしたいなあ。
もちろんヨーロッパの強豪ともね。
もっともっと武者修行したいですねえ。

オシムが以前言ってた「日本は経済では大国だけどサッカーではそうではない」っていう言葉、まったくもってその通りで、でもそれはまだ上を夢見て可能性を信じることができるってことでもあって、その辺は前向きに捉えたいですね。
点差はボロボロだけど、以前やった親善試合のオランダ戦とかドイツ大会のブラジル戦で感じた絶望感はあんまりないし、今の位置を見据えた上でポジティブにいきたいものです。
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by teri-kan | 2012-10-17 13:17 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

弁慶の泣き所

弁慶の泣き所、アキレスのかかと。
ジークフリートの肩というのもあるんですね。
唯一の弱点という意味などで使われる言葉ですが、大河ドラマ「平清盛」では五条大橋での義経との出会いで脛をやられて苦悶する弁慶が見られました。

こういうのを外さずやってくれたりして、結構楽しいドラマなのですが、視聴率的にはいよいよ厳しいところにきているようです。
そんなに言われるほど悪くないと思うんですけどねえ。

と言いつつ、今更「弁慶の泣き所」について語る私も先週分をやっとビデオで観たって感じで、世間同様少々遅れをとっております。
この時期は行事やら旅行やらで時間通りに視聴するのが難しいんですよね。3連休だと特に難しい。

そういった事情に左右されやすいことがドラマとして強くないって証明なのかもしれませんが、でも内容自体は先週もそんなに悪くなかったと思います。
兎丸があんなことになって残念ではあったけど、現在でもよくある理想と現実の軋みのお話なわけで、そこら辺はきちんと表現できていたのではないかと思います。
綺麗なだけで政治家はやっとれんと言われますが、そういう難しさ、兎丸との対比でわかりやすくなっていたと思います。
清盛の思いそのものは理解できますしね。
言葉狩りみたいなやり方は絶対にダメだけどね。

でも権力者からしたら言葉狩りや密告制度みたいなものは、やれるならやりたいものなんだろうなー。いろいろと楽だろうし。
「平家物語」の禿(かむろ)の記述については真偽のほどが怪しいらしいけど。



にしても、清盛もえらくなったもんです。
三上鳥羽が生きてた頃がはるか遠い昔のようです。
あの頃は宮廷は宮廷として手の届かないところにあって、愛だの恋だのにうつつを抜かしてそれでヨシみたいな雅がありました。
水仙をボーっと眺めて「璋子……」。
なんだかんだでのどかな時代でした。

「大河ドラマ」とは名付けて妙といいますか、人生も時代も川の流れるが如くですね。
ホントに流れ流されてここまで来たなあって感じです。
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by teri-kan | 2012-10-15 16:45 | 大河ドラマ | Comments(0)

「シルマリルの物語」その1

作者は「ロード・オブ・ザ・リング」(指輪物語)のトールキン。
映画にも描かれていたあの世界背景をガッツリと語っている物語です。

先日ネットで映画「王の帰還」の実況を見ていたら、今冬公開の映画「ホビットの冒険」は原作以外のお話も盛り込まれていると書かれてあって、予想以上に奥行きの深い映画になるのではないかと俄然期待が高まりました。
で、現在「シルマリルの物語」を再読中。
さすがに「シルマリル」ほど昔の話が映画に出てくるとは思えませんが、あの世界を支えているのはこの話ですしね、素晴らしい世界観をもう一度おさらいです。



映画の中つ国がどういう成り立ちを経てああなったのか、それを遥か昔、それこそ地球生成以前から語っているのがこの物語なのですが、出だしのところは非常に興味深いです。
指輪の持ち主サウロンの悪の源流というか根源というか、なぜあんなとんでもない悪があの世界にはそもそも存在するんだ?という疑問が、映画を見ていたら普通に起こるのではないかと思うんだけど、それについて詳しく書かれています。
ていうか、別に悪のことを書きたいわけじゃないけど、聖なる者達やエルフや人間の歴史を語ろうと思えば必然的に悪について書かなければいけないって感じで、いわばこの世界はずっとずっとその悪との戦いの歴史なんですね。
で、悪はいつ誕生したのかとなると、それはもう最初から、なのですが、絶対的な存在として最初からいたわけじゃなく、悪が生まれる過程というものはしっかりと描かれていて、その悪の生まれ方がね、なんていうか、非常に理解しやすいんですね。私達人間に理解しやすい。
人間に理解しやすいということは、人間にはその悪の要素が備わっているということで、実は中つ国の人間はエルフ同様唯一神の生み出したものなんだけど、であるならばそれを生み出した唯一神にもその要素があるということになって、そういえば例の悪は唯一神の作り出した聖なる者達の一人だったなあと、合点がいくわけです。

ようするに唯一神って善じゃないんですよね。
悪でもないけど完全な善じゃない。
いろんな要素を包えていて、神のくせになんでこんな不完全な世界しか作れなかったんだーって言っても無意味な存在。
この世が不完全ならば、唯一神も不完全なんだよ。

そんなこと考えてると、この世界って唯一神の道楽で作り上げたものなんじゃないかという気もしてくるわけで、そういう意識で「シルマリル」の創世神話部分を読むとなかなか面白い。
作りたい世界の設計図をもとに楽譜を起こして、無である場所でまだ自我のない聖なる者達にそれぞれの歌を歌わせる。聖なる者達は他者のパートと自分のパートの違いから他者と自己の違いを認識し、自分自身を徐々に確立させていく。しかしその過程で自分を目立たせたい、言われた通りではなく自分自身の歌を勝手に歌いたいという者が現れ、自分を誇示するため他者の邪魔をし始める。そしてそれはどんどんエスカレートして、邪魔することこそが彼の目的のようになっていく。
聖なる者達はその役割に従って地球を作り、大地を作り、海を整え、山や川を美しく仕上げ、いろいろな道具も生み出していくんだけど、悪はそれらを妬み、壊し、あるいは盗み、そうして破壊行動を繰り返していくうち、とうとう自分自身では何も生み出せなくなってしまう。

「シルマリルの物語」の、特に最初の部分は何気にモノづくりがテーマで、悪とはいえ元は聖なる者達の中でも力あるはずだった者が、結局自分自身では何も作り出せなくなるという堕落が描かれているんだけど、いやー、言うのもなんだけど、現実のいくつかのパクリ国家が自分達で何も生み出せない理由がよくわかるなあと、読んでて身に沁みましたね。

技術や文化を盗むことをよしとする人達ってモルゴスなんだよ。
盗む者には生み出せない。
盗む者は破壊者である。
これ、結構真理なのではなかろーか。



なんてことをつらつら思う「シルマリルの物語」。
ここに書いたことは物語の前半の中の前半って感じで、これからどんどんお話は進んでいきます。

書かれていることたくさんあるんですよね。
「指輪物語」の時代に行くまでまだまだ遠い道のりです。
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by teri-kan | 2012-10-12 11:06 | | Comments(0)

ブログジャンル

本ブログにログインするたび「ブログジャンルを設定しろ」とばかりに赤字でどーんと「未設定」が出てくるので、送ればせながらこの度ジャンルを設定しました。(右下参照)
ジャンルは二つまでということでとても悩んだのですが(そもそも悩んでいたからここまで引き延ばしていた)、次の二つにさせていただきました。

まずは「映画」。
最近ほとんど新作を見ないので映画ブログと名乗るのはおこがましいのですが、記事としては最も多いということで、とりあえず一つは映画で決まり。

問題は次なのですが、当ブログに来られる方で最も多いのが「SWAN」をはじめとするマンガ作品で検索される方で、となると「マンガ」を選ぶのが筋となるわけですが、マンガはそれこそ偏っている上作品数が多くなく、ジャンルも「アニメ」とセットということで選ぶに選べない。
音楽も本も中途半端だし、まあそれを言うなら全てのジャンルが中途半端なんですが(だから決めにくい)、というわけで消去法で、とりあえずサッカーならそこそこ記事数もあるし無難かなあということで、もう一つは「サッカー」にしてみました。
が、「サッカー」というジャンルは設置されてないので「スポーツ」を選ぶしかなく、となるとここはスポーツブログという扱いにもなるわけで、それはやはり違うよなあという気もしてくるわけです。
しっかりしたスポーツ関係のブログと同じカテゴリーに入るのはあまりに恐れ多い……。

とはいえ他に選ぶものもないので「映画」と「スポーツ」にしましたが、改めてこうしてジャンルを考えると難しいですねえ。
あれこれ書くのはいいけれど、コレといったウリがないのでこういう時に悩みます。

まあ映画ブログとスポーツブログということになぜかなってしまいましたが、内容は変わらずごった煮ですので、今後ともよろしくお願い致します。
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by teri-kan | 2012-10-11 15:57 | その他 | Comments(0)

朝にふさわしくないラジオ

先日ケータイ大喜利で、「朝から何てことを…」女性DJ何と言った? というお題があったんだけど、それで突然思い出した昔のお話。
(注:昔の洋楽ファンしかわからないネタです)


とある年のバレンタインデーの朝、ちょっと寝過ごしちゃって、バスだと遅刻するから大通りでタクシーを拾ったんですね。
タクシーだと時間は余裕だし、バスと違って座れるし、冬だけど眩しいくらいに日がポカポカとガラスから差し込んでくるし、「おーこりゃ極楽」なんて思いながら車内に流れる女性DJの爽やかラジオを聞いていたら、しばらくしてDJが「ところで今日はバレンタインデーですね」と話題転換。
バレンタインデーについて爽やかに語りつつ、女性の皆さん今日は頑張りましょう、みたいなエールを送って、それではここでバレンタインデーにちなんで1曲、と某曲を紹介したんだけど、その時のお言葉がコレ。

今日、運命の人と出会えるでしょうか。
では聞いて下さい。
デュランデュランで、「運命の影」。



「運命の人と出会えるでしょうか」も変なんだけど、ここの問題はそれ以上に「運命の影」。
これ、デュランデュランのファンならわかると思うんだけど、「運命の影」ってどう考えてもバレンタインデーソングじゃないんですよ。ていうか、デュランデュラン自体がバレンタインデーに向いてない。そもそも爽やかな朝8時に向いてない。

てっきりベタベタの甘甘定番ソングが流れてくるんだろうなあと思っていたところに「デュランデュラン」の名が出てきたもんだからビックリして、でも、それでも何の曲かけてくれるんだろうととりあえずワクワクしたのに「運命の影」だもんねえ。小一秒ほど「え?」って悩みましたよ。「そんな曲あったっけ?」って。
「Shadows On Your Sideのことだーっ」と思い出した時には陽光眩しい朝に全然ふさわしくない無駄にカッコいいほんのりダークなイントロが流れてきて、顔がひきつりそうになりました。
これね、絶対ミスマッチすぎる選曲ですよね。
曲のスピード感が最悪に合ってない。
サイモンの声も全然ふさわしくない。
今から考えてもなぜあそこでこの曲だったのかさっぱりわからん。
「運命」は「運命」だけど、タイトルからして全然これはダメだろー。



ちなみに私は「運命の影」もとい「Shadows On Your Side」は昔からものすごく好きでした。リリースされてから10年以上たってもラジオで聞けたという、そのこと自体はとても喜びました。
だからこそもっとふさわしい時に聞きたかったな。
せめて夜とか。

ていうか、デュランデュランって基本的に変な曲だよね。
カッコいいけど雰囲気ちょっと変わってるというか、見た目アイドルだけど歌詞は変っていうか、ビデオもアートだけど変だったし、アイドル時代はファンとしてその中に浸かってたからよくわからなかったけど、後から冷静に振り返れば相当変わった音楽だったよね。
どう考えても一般向けのバレンタインデーには向いてないよね。

というわけで、チョーカッコいい「Shadows On Your Side」を是非聞いてみたいと仰る方はこちらからどうぞ
ホントーにカッコいいんですよ。
バレンタインデーには向いてないけどとてもいい曲です!
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by teri-kan | 2012-10-09 14:33 | 音楽 | Comments(0)

「王の帰還」の人間の実況

先週BSで「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」をやってて、その時ネットの実況も並行して見てたんだけど、フロドとサムの火口での場面で、「フロドごと指輪を突き落とせ」って書いてる人がたくさんいてビックリしました。

いやー、その発想はなかったわ。
でもある意味正しい意見すぎるかも。

本ではなく映画で初めてあの場面を知ってしまった人の意見かなあと、なんとなく思いますね。
映画はすっかり悪人顔になったフロドが目に入ってくるし、それまでのサムとの確執とか挙句の果てのゴラムとの醜い戦いとか、指輪に囚われて可哀想というより「こりゃもうダメだ」と言いたくなるような場面が続くから。
なので「なんだよーフロド」みたいな意見が出てくるのはわかるけど、でもだからといって指輪ごと突き飛ばすことは誰にも絶対に出来ないはずなんだよね。サウロンが、というか指輪がそれをさせないはず。
「フロドを殺してでも指輪を捨てる」と考えるほどブラックな心の持ち主になってしまうなら、それ以前に指輪を自分のものにしたいという欲望に負けるはずだし、そういったちょっとした心の隙が指輪は大好物なんだよ。
ホビットの何がすごいって、そういったブラックな隙がほとんどない人達ってことなんですよね。

だからあそこで「サム、フロドごと指輪を突き落とせ」と言ってる人達は、間違いなく人間なのです。
「ほー、なるほど、その手があったか」と感心した私も人間(笑)。

キレイゴト言うつもり全然ありません。指輪が目の前にあったら思いっきり揺らぐ自信あるし、お国にあんな事情があるなら指輪が欲しくてたまらなかっただろうボロミアの気持ちもすごく理解できる。
だからこそ人間に指輪を持たせちゃいけないなーと思うし、中つ国において本格的な人間の時代が始まるのが指輪消滅後だというの、もっともな成り行きですね。



まあ、サムに「フロドを突き落とせ」と言うくらいなら、かつてのエルロンドに「イシルドゥアを突き落とせ」と言いたいくらいなんですが、そんなのやっぱり無理ですからね。
イシルドゥア、サウロンを倒して奪った正当な指輪の所有者だったし、所有者の意思がこういう場合大事っぽいみたいだし、うーん、考えれば考えるほど思うことなんだけど、よく葬ることができましたよねえ、この指輪。
指輪自身でさえ予期できなかったアクシデントのおかげだけど、でも指輪は絶対フロドとゴラムが醜く争ってる間は「けっけっけっ」ってほくそ笑んでたはずだし、バランス崩して宙に浮かんだ時は「あれ?」って感じだったんだろうなあ。
マズイ、マズイ、こんなはずじゃああああー、と声なき声で叫びながらズブズブと火口に沈んでいったと思うんですよねー。
この辺映画はとても上手かったと思うんだけど、指輪の存在感、めちゃくちゃ大きかったですね。



実は今回の実況ではこの冬公開される「ホビットの冒険」を更に観たいと思わせるような情報があったりして、とてもラッキーでした。
というわけで現在「ロード・オブ・ザ・リング」の世界再びの気持ちがむくむくと上昇中。
映画公開まであと2ヶ月。
待ち遠しいですね。
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by teri-kan | 2012-10-04 11:34 | その他の映画 | Comments(0)