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「失われた近代を求めてⅡ 自然主義と呼ばれたもの達」

橋本治著。朝日新聞出版。

「失われた近代を求めてⅠ」の続きです。ツッコミどころ満載の田山花袋再び。

今回主に取り上げられているのは自然主義の代表として田山花袋、島崎藤村、国木田独歩。
独歩はいいですね。とてもまともで安心感が漂ってます。
花袋は「日本人」。ヘンだけど、なんかしみじみ日本人だなあと感じる。
藤村はムチャクチャ。姪を孕ませて外国へ高飛びしたことに「はあ?」なのか、それをダラダラ小説にしちゃうことに「はあ?」なのか、自分でも判別つかないがとにかく無茶苦茶。

花袋がやたら日本人だなあと感じるのは、結局花袋の「蒲団」や作家としてのありようが、後の私小説として日本の主流になっていったからなのかもしれません。
が、本当にそうなのかどうか、自分ではちょっと判断がつかない。
花袋的なものが日本的に感じること自体が正しいのかもわからないし。
ただ、花袋や藤村の、今から考えたら「ナンダコレ」と言いたくなるような作品が、日本文学の成長に欠かせない通過儀礼のようなものだったとするなら、藤村は子供時代に一回かかれば終わりの「はしか」で、花袋はずっと抱えてしまうことになった持病といった感じかな。ちょっと変な例えだけど。

橋本治の説明は相変わらずウネウネしていて、年代すらあっちに行ったりこっちに行ったり。
とにかく細々と説明してくれて、日本文学の自然主義がどういうものなのか、文学史上の名称だけではなく、当時の明治の文壇の空気感から再現してくれてるようでした。
明治という時代の、文章表現しかり書かれる内容しかり、いろいろな面で新旧入り混じっていたカオス状態の当時を理解しなければ、なぜ日本的な自然主義文学が起こったのか、その内実はどういうものだったのか、理解することはできないってことなんでしょう。
実際本書で説明されてる自然主義は得体がしれない。自然主義と言うレッテル貼りはされているが、そのレッテルの貼り方そのものから考察する必要があって、貼り方以前に貼らなければならなかった状況の説明も必要であって、それならレッテル貼られた当の作品はどんなものだ?となると、書いた本人は「自然主義です」とは決して言ってなくて、じゃあ自然主義と言われてるものは実際どういったものなんですか?となると、花袋の変さだったり藤村の無茶苦茶さだったり、「牛の涎(よだれ)」扱いされるようなもので、じゃあ性的なものを書けば自然主義?となると、別にそういったわけでもないんだよねとか、そもそも日本はフランスみたいな宗教的タブーはなかったし、あるがままの人間の描写なんて昔からやってたじゃん、わざわざ真似しなくてもいいじゃん、ていうか真似してかえって混乱してなくね?とか、なんかね、明治の文壇って、ホントのホントにカオスなんですねー。

カオスを説明しようとするから、そりゃあ文章がウネウネにもグルグルにもなる。
でも説明しないと始まらない。
なんていうかなあ、俯瞰でみれば明治の自然主義は、例えばきちんとした紫色なんだけど、近付いてよく目をこらしてみれば、その紫は赤や青や緑や黄色や、さまざまな色の集合から成り立っているんですね。
で、確かに遠くからだと紫に見えるくらいだから赤や青がほとんどなんだけど、かといって例えばそこから黄色を外したら、遠くから見た紫の色は確実に変わってしまうわけで、いくら小さかろうが黄色の存在を無視するわけにはいかないのです。
どんなに小さくてパッと見気付かないような黄色でも、その紫色を説明するには黄色の存在は不可欠で、だから、橋本治は赤や青の説明と同時にその黄色がなぜあるのか、青や赤とどう絡んでいるのか、黄色だけじゃなくて緑も黒も、いちいち説明するのです。だからどうしても細々ウネウネとなる。

……ということなのかなと。
今回いつにもまして読みにくかった(特に前半)部分を思い返して、そんなことを思いました。
なんか今回は我ながら進みが遅かったなー。

でも、面白いことは面白いです。
藤村や花袋を読んでなくてもきちんと説明してくれるし、門外漢でも大丈夫。
今からⅢ巻が待ち遠しいですね。




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by teri-kan | 2013-04-25 11:51 | | Comments(0)

やはりJリーグはわからない

毎年ふたを開けてみなければどうなるのか予想がつかないJリーグ。
今シーズンもなんかすごいことになってます。

マリノスの開幕6連勝はまあいいでしょう。
歳を食ったとはいえ実力だけなら一流クラスがゴロゴロいるクラブ。
昨シーズン後半追い上げの勢いそのままに良いスタートダッシュがきれたのだと捉えれば、首位は不思議でもなんでもありません。

驚きは大宮。
どうしちゃったの大宮。
大宮といえば「降格ラインコントローラー」の名をほしいままにしてきたクラブですが、今年はそのラインがはるか上のかなたに。
ううーん、こんなこともあるんだねえ。
ここもマリノス同様昨シーズン後半からのチームづくりが今シーズンに生きているのだけど、うん、カッチリと強いですね。
守備ラインがすごいんですよ。終盤相手に押し込まれてもズルズル下がらず高いラインをずっと保ってる。しかもキレーにまっすぐ。
6人が高い位置で一直線に並んでる陣形はなかなか壮観でした。
攻撃はズラタンが必要な時にきちんとゴールを決めるしねえ。
一体どこが大宮に土をつけることができるのか、今はちょっとわからないですね。

昨シーズン後半の好調さを維持し続けるクラブがある一方で、昨シーズン後半の不調さをそのままひきずっているクラブもあります。
何を隠そうサッカーどころ静岡の2クラブ。
清水はともかく、これといった悪いところの見えない磐田は重症です。

広島戦の磐田は切なかった。
泣きそうだったサポーターの気持ちはよくわかる。
あの試合展開は本当に切ない。
怒りよりも悲しさが先にきて、本当に声もなくなってしまうんだ。

清水くらい出来も内容も悪ければメスの入れようもあるんだけど、磐田はかなり苦しいと思う。
実際清水戦も広島戦もなんで点が入らないのかわからなかったし、しかしかといって決定力だけの問題でもないんだよね。
こうなってくると「気分を変える」とか「空気を変える」とか、そんなことしか出来ることがなくなって、結局監督を変えるのが一番効果的ってことになるんだけど、でも金銭的・人材的にどうなのかな。

どっちにしろ難しい状況ですよねえ。
次節は湘南だから勝てそうな気がするけど、ここで引き分け以下ならアウトだからプレッシャーはとてつもないだろうし、どう転がるか全然わからん。
ここもガンバ同様代表が揃ってるんでね、調子をなんとか上げていってもらいたいです。



J2は上位2クラブはとりあえず想定内。
神戸は試合内容も立派ですが、ガンバはJ2でヨロヨロとリハビリしてる最中って感じ。
でも1年たったらまた強くなってそう。
来年の関西勢の復活を楽しみに待ってます。

長崎はすごいですね。長崎の活躍はとてもよいニュース。
応援してる岡山も勝ち点をきちんと積み重ねていて良し良し。
千葉はやっぱりダメかな。京都もなかなか波に乗れない。
去年良かった横浜も苦しんでるし、J2はJ1以上に読めませんね。

今年は上位2チームは早々に決まってしまうかもしれないので、3位~6位に入ってプレーオフ狙いというクラブが多いかも。
6位にどこが滑り込むか、この争いが今年のJ2は要注目だと思います。
去年プレーオフに行けなかった山形、栃木あたりに頑張ってもらいたいかな。
九州も1チームは行ってもらいたいし、J2も今年は目が離せません。
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by teri-kan | 2013-04-23 10:48 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

1強5弱

昨夜の広島カープはどうしちゃったんでしょう。
9回裏に3点差をひっくり返して逆転サヨナラ勝ちなんてやっちゃってました。
これって年に1回あるかないかくらい?
こんなことも出来るのかーと、感心してスポーツニュースを見ました。

これでめでたくまた5割復帰。
スタートが悪かったことを思えばまあまあです。
しかも5割なのに2位です。
素晴らしすぎる~。

……なんてことはもちろんなくて、5割ギリギリなのに2位、2位なのになぜか5割。
先日から5割を目指した熾烈な2位争いがセリーグでは繰り広げられていますが、はっきり言って「これってどーよ」の世界です。

昔、巨人だけが強すぎるからドラフトが始まったと聞いたことがありましたが、結局今の制度でも巨人だけが強くなってしまうことが確定。新たな制度の施行も考えなくてはならない時期に来ているように思います。
あれですよ、あれ。よく言われているあれ、ナントカ制。前年度下位のチームから選手を取っていくやり方。
あれだともう少し12球団バランスのとれた戦力になっていくんじゃないですかねえ。

でもそうなると菅野のようなパターンで巨人に入ることは難しいですよね。
巨人が指名するまでに11球団あるわけで、あれほどの投手が11球団にほったらかしにされて12球団目で指名とかありえないと思うし。
他球団が交渉権を得ても毎年毎年断り続けたらいつかは12番目の巨人まで手を出さずにいてもらえるかもしれないけど、そういう恥知らずな行動ができるのかどうか、制度的に可能なのなら、それはそれで恐いものみたさで見てみたい気もする。

巨人だけ強くありたい、あらねばならない、あるためになんでもする、それでいいのだ、みたいな風潮を生暖かく感じていたものからすれば、今の1強5弱も見世物としては悪くない気がします。

どこまで突き進めるか。
いっそのこと巨人にはこのまま行ってほしいくらいかもしれません。
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by teri-kan | 2013-04-19 14:24 | スポーツ | Comments(0)

ボストンマラソンの爆発事件

いつどこで起ころうが、断固としてテロには反対ですが、スポーツイベントを狙ったという点で、今回の事件には怒り以上のものを感じて仕方ありません。

信条主張を表明するのにスポーツを狙うなんて下の下です。
確かにマラソン大会は狙いやすいでしょう。
しかしあれは人間以下の行為です。

世間は理不尽に満ちていて、スポーツもその周囲は金と権力にまみれた汚い世界ですが、それでも競技自体はあらゆる違いを無にできるものと個人的には信じているので、そこを狙われたことには怒りと悲しさしか感じません。

本当にショックですよ。
被害に合われた方々には何と言っていいのか、言葉もありません。
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by teri-kan | 2013-04-17 10:35 | スポーツ | Comments(0)

「古事記の宇宙(コスモス)」

千田稔著。中公新書。

内容紹介には、「神々は『古事記』にどう現れたのか? 海や植物、天地や身体などにこの国の自然観の源流をたどり、『古事記』の言霊を体得する」とあります。

読んでみると確かに紹介通りの内容で、共感できる事が多かったです。
鳥に対する古代人の考え方、植物への考え方、確かにサカキの葉は美しい緑で艶があり、古代では特別だったろうことが想像できます。
鳥はヤマトタケルのエピソードしかり、天と地を結ぶものだったのでしょう。
学術的な生態などわからない時代の、鳥への原始的な思いを想像すると、霊的なものを感じるのはむしろ当たり前なんだろうなと。
鳴き声はそれぞれ特徴があって美しいし、自由に空を行き来する鳥に深い意味を見出そうとしたのは理解できますね。埋葬と結びつくのも理解できます。

私は言霊というものをそこそこ信じてるし、悪いことを口にしたら禍がやってくるといった程度の迷信も、それなりに正しいと思っているのですが、そういった感覚が現代の日本人に全体としてどれだけ残っているのか、ちょっとよくわかりません。
花に向かって毎日歌ってあげたらイキイキ育つということでもいいと思うのだけど、自分の身体感覚でどれだけ自然を含めた周囲のものと近付きあえるか、そこの理解の程度の差で、この本をリアリティ持って受け入れられるかどうかが決まるような気もします。

とはいっても、現代人の自然への接し方はどっちかというと理解で、古代人は基本的に畏怖だと思いますが。
だから根本的には全然違うんですけどね。

とまあそんな感じで、全体的にはなるほどナットクの内容なのですが、どうしても一点ひっかかることがあって、それは海洋民族としての海の神話の説明をしているところ。
あれだけ日本人は海洋民族だ、海は大事だと説明しておきながら、スサノオが海の統治をイザナキから任されたのには意味がないと言い切ってるところ。
あれは矛盾しすぎにもほどがあると思うのですが。
海洋民族の海の神話がそれほど重要なら、スサノオが海の統治を任されたことも重要で意味のあることと考えるのが普通じゃないですかね。
残念ながらここは全然しっくりこなかったですね。

あと、トヨタマヒメが出産の時、八尋の和邇(やひろのわに)の姿に戻っていたという話。
「このワニはサメのことだ」という説が昔から一般的だったのだけど、どうやら本当のワニらしいということで(つまりアリゲーターとかクロコダイル)、その説を本書で紹介してくれてるんだけど、いくらその神話を持ち込んだのが中国からきた人達で、その人達にとっては姫の真の姿はアリゲーターだと言っても、日本に渡ったその人の子供や子孫はアリゲーターを目にすることは一度もないわけで、いくら故郷を知ってる長老が例えばトカゲをつまんで「ワニとはこれの大きいヤツじゃ」とか説明したって想像には限りがあるでしょ。見たこともないのにアリゲーターを思い浮かべるとか無理だよ。
ワニはワニでそのまま単語は残ったかもしれないけど、日本で何十年何百年と代を重ねていくうちに動物は身近な動物の姿に置き換わるか、あるいは誰も見たことのない想像上の動物として確定されるか、そうなっていくのが自然だと思うし、となると日本の神話としてはその置き換わったものが日本の神話であって、既にアリゲーターではないということになると思うんだけど。

ていうか、派虫類のワニが大海原を泳げるとかありえるんだろうか。
トヨタマヒメは太平洋かどこかの海の中出身だと思うんだけど、そうであるなら海をスイスイ泳げる生き物じゃないとおかしくないかなあ。

とまあ、そんなことを素朴な疑問として思いました。
でも全体的にはなるほど~な内容です。
ちょっと古代の人に近づけるかな。




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by teri-kan | 2013-04-16 11:22 | | Comments(2)

ない袖は振れない

サンフレッチェ広島はACLグループリーグ4戦目にして早々に敗退が決定してしまいました。

J1優勝チームのグループリーグ敗退はガンバ以来のことだそうですが、さすがに優勝チームが決勝トーナメントに上がれないことが何度も起きるとJリーグとしてはマズイ。
かといって今の広島にはACLのためにかける金が全くない。というか、リーグ戦を戦い抜く戦力としてもかなり心もとない陣容で、本音ではリーグ側もACLの広島には何も期待してなかったんじゃないかと思いますね。
まあ第6戦まで粘ってほしいとは思ってたでしょうが。

私個人としてもそのくらいを見込んでたんですが、ACL初戦を見た時にそれも修正かけました。
この戦力でACLとリーグ戦の両立は難しい。というか、これで結果を出すなんて不可能。
とにかく4月いっぱいまではなんとか選手を回して降格圏に入らないように乗り切れとしか言いようがなく、試合毎に思うのは「頼むから怪我をするな~」ばかり。
貧乏って本当に辛いです。

広島は昨年減資99%の責任をとって社長が交代したようなクラブで、そもそもなんでそんなクラブがJリーグで優勝したのかという、今年のACLのていたらくを語るならそもそものそこから語らなきゃならないのだけど、そんな事情は結局大人の事情で、気の毒なのは純粋に広島を応援している子供達なんですよね。
子供はJリーグで優勝したんだから日本で一番強いと思ってるだろうし、それならACLで一番いい結果を残すはずだと普通に思うだろうし、そういった子達の期待に全く応えられなかったのが残念でした。
大人は「健全経営目指していろいろカットした中でも優勝したんだから十分満足。これからは更なる黒字化に向けて頑張ろう!」だけど、実際大人でさえ一部では「勝つための努力(補強)を怠るくらいならACLに出るな」だったりしますから、サッカークラブのフロントはホント大変だと思います。

私は以前海外サッカーファンだったせいもあって、どうしても見方が欧州風になってしまうのだけど、広島レベルの財政規模のクラブがリーグ優勝するなんて、ホントに奇跡みたいだと思ってるんですよ。
だってクラブってホントに金次第ですからね。金かけないと優勝も優勝争いも無理ですから。
それでいて金をかけりゃいいってわけでもない。お金はただの最低条件。どれだけ金をかけようが、1本のシュートがバーを叩いて外に弾かれたりとか、そんな些細なことで全てがパーになったりもする。
それでも金をかけ続けられるクラブだけが優勝を目指せるわけで、そんな欧州と比べたら実は日本はある意味健全だと思うんだけど、でもACLという外の世界に出るとやっぱり金がモノを言ってしまう。
普通に考えて経営再建中のクラブがACLに出るとかないからね……。
他の国と比べたらJは特殊だと思います。

本来なら広島は戦力の低下による苦労を去年抱えるはずでした。それが1年延びただけで、サポーターの多くは実は覚悟はできてると思います。
黒字化経営、若手の成長促進、2年生監督の成長促進、戦術の再構築、乗り切らなければならない課題は山のようにあります。
ない袖は振れません。今から振り返ればペトロヴィッチ監督でJ2に落ちたのが余計でしたが、あれがなければ優勝もなかったろうし仕方ない。
袖はないと自覚して、地道にコツコツ積み上げていくしかない。

今年は我慢の年ですね、いろいろな意味で。
我慢はもしかしたらもう2~3年続くかもしれないけど、進む方向は見失わずに歩んでもらいたいものです。
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by teri-kan | 2013-04-12 15:00 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

近代化への道は険しい

大河ドラマ「八重の桜」の視聴率が芳しくないそうです。
わかりやすくて楽に見れるドラマだと思うんですけどねえ。
少なくとも「平清盛」よりは視聴者を選ばない普通のドラマ。
全然悪くないと思うんだけど。

ただ、この先の悲劇が辛いというのはあるかもしれない。
逆に長州が悪役として描かれているのが辛いという人もいるでしょう。
まあ、もともと幕末は人気がないというのもある。
戦国時代が適度に昔で完全に他人事だから人気があるというのは仕方ないのかもしれませんね。

日本は欧米以外で唯一自力で近代化を果たした国です。
自力というと語弊があるけど、一応植民地化されずに自分達の判断で国の体制を変えました。
それは誇っていいと思うんですが、莫大な犠牲があったことは確かで、国を変えようと必死で戦っている人達の姿には、頼もしくあるけど悲しい気持ちにもなります。
特に今回のドラマは負けた側から見ているので尚更です。長州も会津も日本を良くするために、というか世界で生き残るために戦っていたのは確かで、その気持ちを考えれば争わなければならなかった成り行きが辛い。
避けられなかったことではあるし、時代の流れに個人は抗えないのだけど、幕末の動乱は見ていて苦しいし、エンターテイメントとして楽しむには、やっぱり時代が近すぎるなあと思います。

大河ドラマって外国でも見られますよね。外国人の評判ってどうなんだろう。
「八重の桜」は時代も新しいし、西洋に開国を迫られ翻弄させられるという点では途上国や新興国と重なる面があるし、そういった国々には興味を持てる部分が結構あるんじゃないかと思います。
しかも舞台が長州や薩摩ではなく会津ということで、日本の近代化は日本人の大きな犠牲の上になされたものだということもわかる。
唯一植民地化されなかった非西洋国だけど、日本だって植民地化されないために大量の血を流した。前近代な社会から近代国家に変貌するのは並大抵のことじゃなく、しかも世界史上の流れでいけばギリギリのタイミングでそれを成し遂げるわけで、そういうしんどさが「八重の桜」を見るとわかりやすいんじゃないかな。
会津は幕府側で古い日本を体現しているし、西洋に支配された国の人には日本の戦後の復興よりも幕末明治の動乱の方が理解できる部分が大きいように思います。



どちらにしろしんどい内容なんだよね……。
八重は今はまだ会津で穏やかに過ごしてるけど、そのうち会津自体が戦場になっちゃうし、そうしたらもう白虎隊やらなんやら女子供も巻き込んだ悲惨な戦争だし、本当にしんどい。
視聴率がこれから劇的に上がる要素は少ないかな……。

ていうか、観ていて思うんだけど、こういうドラマを見て徳川の方々は何も思わないのかな。
幕府が倒された、明治維新が起こった、それはそれでいいんだけど、徳川がのうのうと生きながらえて会津藩がボロボロになるとか、それってどうよって感じなんだけど。
このドラマを観てると今更ながらそんなことを思ってしまいますね。
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by teri-kan | 2013-04-09 13:58 | 大河ドラマ | Comments(0)

「卑弥呼の墓 神々のイデオロギーが古代史を解き明かす」

戸矢学著。AA出版。

卑弥呼の墓。それが存在する場所は、すなわち邪馬台国があった場所。
最近は畿内説が有力なのか、そちらの声が大きいように思うのですが、本書を読むと「やっぱり九州説かなあ」という気がしてきます。

宇佐神宮なんですよねえ。
邪馬台国と大和朝廷を結びつけるかどうかにもよりますが、繋がっていると考えるなら道鏡がらみで有名なこの大分の神社を無視することはできないので、畿内説をとるにしても宇佐神宮をどう捉えるかは大きな鍵の一つになると思うんですよね。
で、本書はその宇佐神宮について非常に綿密な分析をしてくれているんだけど、うん、おかげで初めて宇佐神宮について具体的なイメージを持つことができたかもしれません。

というのも、宇佐神宮って立派な割になんかよくわからん神社って感じだったんですよね。
八幡さんの総本宮なんだけど、そもそも八幡様がどういう神様なのかいまいちわからなかったし(武に優れてるのは知ってるけど)、仏教との結びつきが強かったのはそうとしても、皇位継承に口を出せる神様を祀ってるのに簡単に仏教とくっつくんだあって感じだったし(伊勢神宮はそんなことないよね?)、祭神が応神天皇と神功皇后って古い神社の割には神様新しくね?って感じだし、かと思えばもう一人の御祭神・比売大神(ヒメオオカミ)は漠然としすぎた名前で一体何の神様なのか、どんなことをしてくれる(くれた)神様なのか、さっぱりわからん。
断片的な知識しかないせいもあって、ホントにイメージしにくい神社だったのですよ。

で、本書を読んでその「イメージのしにくさ」の理由に納得。
いやあ、これは素人にはわけわからなくても仕方ないわ。ていうか、卑弥呼の墓かどうかはともかく、宇佐神宮についていろいろ学べただけでも大収穫ですよ。

なんかね、この本読んでると、卑弥呼の邪馬台国が機内にあったか九州にあったか、そんなのどっちでもよくなってきますね。
いや、どっちにあったかは重要だけど、それよりもどういう宗教哲学で古代社会を治めていたか、そっちの方が断然重要な気がしてきた。
だって今まで考えたことなかったですもん。卑弥呼が何の神を祀って、何の神に祈りを捧げていたのかなんて。
もう漠然と「太陽に祈りを捧げてたのかなあ」くらいなものでしたからね。
しかもそのイメージってかなり原始的で、きちんとした古墳を作る文明を持ってた人達に対して失礼なくらいに原始的だったりする。

本書を読んでそこんとこ改めました。想像していたよりはるかに古代はちゃんとしてます。
でも、その古代社会の基盤となった祭祀も、社会の変化と共に変化を余儀なくされ、残念ながら現代人には解けない謎だけ神社に残ってるということになっている。
宇佐神宮のわかりにくさはその最たるものなんでしょうね。

ということで、伊勢神宮も大事だけど宇佐神宮はもしかしたらもっと大事かも、といった結論になるのでした。
道鏡が天皇になってもいいかどうか、これだと確かに宇佐の神様に聞くのが筋です。
御神体が鏡の神社より御遺体の神社の方が神霊が強いのは理解できるし、いろいろと腑に落ちることの多い本でしたね。




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by teri-kan | 2013-04-04 15:27 | | Comments(2)

「The Next Day」デヴィッド・ボウイ

先月10年ぶりに発表されたデヴィッド・ボウイの新作アルバム。
ずっと聴いてたんだけど、いいですね。すごくいい。

しょっぱなから良い意味で驚かされる。
ちゃんとロックしてるし、ちゃんと元気。
声に艶があって、とにかく元気。
うん、まだまだ衰えてないぞ。

ファンには嬉しい1枚でしょう。
ボウイそのものといえるような作品です。
浸っていて心地良く、今またこの音の中に身をおける幸せを感じます。
しかも新しい音です。
ボウイのファンは幸せ者です。

ちょっと懐かしい感じがしますが、決して懐古的ではありません。
繰り返しますが、ボウイそのものの音。
懐かしい彼に再び出会えた、しかもなお先端にいる彼と出会えた、といった感覚です。

時折出てくるボウイ節にフフッと微笑みつつ、1曲1曲じっくり味わえばいいと思います。
楽曲はどれもクオリティが高く、数合わせで入れたようなものはありません。

今なおこんなアルバムが作れるボウイはすごい。
もういいオジサンなんですけどね。
ホントカッコいいですよね。
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by teri-kan | 2013-04-02 12:53 | 音楽 | Comments(0)