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「言霊とは何か」

佐佐木隆著。中公新書。

これまで言霊とは、「口から発した言葉が、それ自体魂を持ったかのように意味あるものとなり、それが実際の人間や現実社会に影響を及ぼしたりするもの」というふうに漠然と思っていたのだけれど、言霊が今より身近だったはずの古代日本での言霊は、実はそのような捉えられ方はしていなかった、という内容の本です。

「万葉集」「古事記」「日本書紀」「風土記」等を参考資料とし、言葉が言霊として実際にその通りのことを起こしたという事例を挙げ、とても細かく解説してくれるのだけど、うん、言葉自体に力はないというのはよくわかりました。神の力が関わらなければ言葉が何かを成すということはないのだということが。

発した言葉がその通りのことを行うのは、発した人が神様だから。
人間(天皇もそうです)が口にした言葉がその通りのことを行うのは、その願いを聞き入れた神様がその通りのことをやってあげるから。
言われてみれば大変わかりやすい。「なるほどー」と納得できる解説でした。
結構シンプルです。先に神ありき。言葉や音声が意思を持つとか、そういった観念的な話じゃない。

以前読んだ戸矢学氏の本を思い出しました。うろ覚えだけど、先に何かを行った人間がいて、その事績に合わせたものの象徴として太陽やら木やらの神として祀られる、という話。
太陽が先じゃない、人が先だといったような説明だったんだけど、ちょっとそれにも通じるかも。
モノに神は宿るけど、モノは神にならないといえばいいのかな。
ちょっと記憶が曖昧で申し訳ないけど、日本人のモノと神の考え方の基本はそこら辺なのかなあと思いました。

本書は夢占いとか名付けの意味とか、いろいろテーマがあって、それぞれ詳しく解説してくれてるんだけど、一番面白いなと思ったのは「国誉め」についてでした。
天皇が高いところから自国を見て、「すばらしい景色だ」と言うことがどれだけ大事かという話なのですが、これを全くないがしろにして、ことごとく災難に合ったのがヤマトタケルだということで、実は個人的にヤマトタケルって特別好きな人ってわけじゃなかったんだけど、これを読んで俄然興味を持つようになりました。
「国を誉める イコール その土地の神様を誉める」となるのなら、ヤマトタケルは大失敗の連続ですよ。「こんな海ちょろいちょろい」みたいなこと言うから嵐に合うんだよ。つくづく謙虚さに欠けてたんだなー。

今で言うなら、そうですね、足首までの深さの川で「しょぼい川だからヘーキ」とド真ん中でバシャバシャ遊んでて、急に水かさが増して流されたって感じかな。
山奥で大雨が降るとそんなこともあるということで、現代では「自然を侮ってはいけません」という教訓になるのだけど、それが古代だと「神様をバカにしてはいけません」になるんですね。自然そのものが脅威なのではなく、自然を動かす神が脅威ということで。

というわけで、ヤマトタケルって神に敬意の足りない人だったんだなーとなるのですが、確かにあの人、子供の頃からちょっと変わってましたよね。ちょっと空気読めてないというか、弱冠傲慢入ってたかもしれない。でもそれではやはり不幸になってしまうんですね。

「国誉め」というお仕事がわざわざあるということは、日本の災害の多さと無関係ではないと思います。あまりに災害が多いから「なんて美しい国!なんてすばらしい景色!」とベタベタに誉めて土地と神様をアゲまくる。こんなに綺麗な山じゃないですかー、崩れさせたりしたらもったいないですよー、人間頑張るから神様もお願いしますよー、良い言葉をお供えしますからー、って感じで。

昔の天皇ってよく自分の国を自画自賛してるよなあと、漠然と「国誉め」について思っていたけれど、実は自画自賛どころか内心必死だったとわかって、それはとても面白かったです。
やっぱりヤマトタケルの国くさし(?)の例がわかりやすい。
何もかも神ありきですね。
古代は神様が生きてました。




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by teri-kan | 2013-10-31 12:01 | | Comments(0)

「病の起源」と牧畜農耕

春に放送されたNHKスペシャル「病の起源」シリーズの続きが先週と昨日放送されました。
「うつ」と「心臓病」の2回。
脳と心臓という人間にとって最も大事な二大機能についての話なのですが、うーん、まあ、なんていうのでしょうか、人間が罹る人間らしい病気って、ようするに起源は牧畜農耕にあるって結論でいいんでしょうね。
いわゆる「余分」「余剰」の発生が全てなんだろうなあ。

でもその「余分」「余剰」こそ人間が他の動物と決定的に違うところでもある。
二足歩行が全ての始まりで、それこそが画期的出来事というのは確かだけど、二本足で歩くだけならただ単に「二本足で歩く動物」ってだけのことで、多少手が器用で言葉でコミュニケーションをとるところが他の生き物と違うね、ってだけの話なんだよね。自然の中で生きる動物の一員って立場はそのままだったと思う。

ところが牧畜農耕をやるとなると話が変わってきて、余剰を支配する者が現れ、大きな社会が生まれ、後のうつ増大につながる格差が発生する。今もコレステロール予防に肉や脂肪を摂り過ぎるなと言われるけど、そもそも血管が壊されるようになった原因も牧畜のおかげで大量の肉を食べるようになったからだそうで、どれもこれも全て人間が自前で食べ物を作れるようになったことが原因なんだよね。

腰痛にしたって、四本足の動物は腰痛にならない、二本足で立ったからなるんだって言うけど、二本足で立ったり走ったりするだけなら別に大丈夫なんだ。劇的に腰痛者を増やしたのは農耕のせい。
そういえば昔は腰の曲がったおじいさんおばあさんがいっぱいいたなー。今は田植えも稲刈りも機械がやってくれるけど、本来は完全に中腰の仕事だもんね。
農耕ってホントものすごい重労働なんだよね……。

まあだからって牧畜農耕が悪いと言う気はないし、後ろ向きになるつもりは全然ないんだけど、そういえば縄文時代って狩猟採集なんだよなあとか、それで一応平和に一万年やってきたんだよなあとか、ちょっと考えたりします。
その代わり台風や地震による壊滅的被害は当たり前だけど。
さすがにそれでいいとは思わないし、牧畜農耕だって飢えることなく長生きしたいっていう根本的な本能からきたものだろうし、それで人間がより病気で苦しむとなっても、種全体の繁栄にとっては仕方ないことなんでしょうねえ。

……と、結局どうにもならないということで終わってしまったりして。

現代医学の進歩も番組では紹介されていて、血管の再生によって心臓がきちんと動くようになったという話は良かった。
こういう希望はどんどんお願いします。
今現在病気で苦しんでいても、我慢していれば新しい治療法も薬も出てきて、それで治ることだってあるんだ。
というわけで、先生方ガンバレーッ!ということで締めたいと思います。
業が深い人間だけど、病はやっぱりイヤです。
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by teri-kan | 2013-10-28 15:22 | 事件・出来事 | Comments(0)

「ルパンと殺人魔」

ボワロ=ナルスジャックのパスティーシュ第4弾「アルセーヌ・ルパンの裁き」を子供用に翻訳改編したポプラ社作品。
全訳は現在入手できるような状態ではなく、ポプラ社の方も今はシリーズから外されているらしい……。
ようするに読みたいと思っても簡単に読める状況にはないということで、なんとももったいないことよという残念な作品です。

日本には「怪盗ルパンの館」という大変素晴らしいサイトさんがありまして、絶版の情報とかポプラ社のタイトルが原作のどの作品に対応しているかとか、ルパンファンにとって知りたいことがすぐわかるという、大変ありがたいルパンファンサイトが存在しています。
私は大々的に勝手にお世話になっているのですが、そのサイトさん情報によると、この「ルパンと殺人魔」は原作と比較してかなり大胆に圧縮されているのだとか。
子供向けポプラ社なのでそんなもんだとわかってはいるのですが、正直かなり残念。
でも私はこれしか読めないので、残念ながら今回はその圧縮版の感想となります。

で、その肝心のお話ですが、うん、ポプラ社って久々に読むけど、余計な文章が全くないので状況の把握が簡単でいいですね。スタスタ話が進んで、いやあ、コレは読みやすい。大幅圧縮のおかげでページ数も超少ないし、前作の「アルセーヌ・ルパン 第二の顔」にかなり時間を費やしたことを考えれば、これくらいでいいのかもしれないな、なんて思うくらいです。
どうせルブランのルパンじゃないし。

とはいえ、さすがに子供っぽいのは読んでてちょっと辛いものがあります。
私が親に買ってもらったのは10~12才の頃なので、大人の今読むとさすがに物足りないです。なんといっても「アリバイ」の意味の説明文が入っているくらいだし。
そのくせ「くしゃみ」は「くさめ」なんですよねえ。久々に見ましたよ「くさめ」なんて言葉。
当時の自分、何の違和感もなく読んでたんですかねえ、これ。

そんなわけで、圧縮のせいでほとんどダイジェスト的、しかも子供向け文体ということで、内容に関する感想の書きようがほとんどない作品ですが、前作「アルセーヌ・ルパン 第二の顔」に出てくる名前が今回も見られたことがちょっと嬉しい驚きでした。
部下が部下を紹介するという流れがあるんですよね。今回のルパンの部下はこれまたいろいろな背景を背負った青年という設定です。

ボアロ=ナルスジャックのルパンシリーズはルパンと部下の関係が一つの鍵になっています。女性との恋愛話はどれも全くダメダメですが、親分子分の絆はなぜかしっかりと描いている。
どのお話も部下が事件解決の鍵を握るというか、事件を彩る重要な役割を果たしているんですよね。

もしかしてポプラ社の圧縮ストーリーでなければ、親分子分のイロイロがじっくりと楽しめたのかもしれません。
その点はかなり残念であります。
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by teri-kan | 2013-10-23 11:37 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)

「うたう天皇」

中西進著、白水社。

異常気象の続く今こそ天皇陛下には四季折々の歌をバンバンお詠みになっていただくべきではなかろーか。
陛下だけでなく詠める人はどんどん詠んで、和歌が難しいなら俳句でも、俳句が難しいならいっそのこと川柳でも、平和のため、ギスギスした世の中を少しでもほんわかさせるため、細やかな風景と心情を表現した歌に満ちた日本にしていけば、もうちょっとは良い方向へ向かうのではないだろーか。

……なんて感想を抱いてしまうような本であります。

本書は古来よりなぜ日本では和歌が重んじられ、歴代天皇が歌を詠み続け、勅撰集として歌の収集が国家事業として行われ、そして今なお歌会始めとしてその伝統が引き継がれているのか、そしてその歌の背景にあった古代日本人の心情や感情とは何か、ということを詳しく説明している本です。

で、これを読んでなぜ「今こそ天皇陛下に四季折々の歌を~」と思うのかというと、天皇のお仕事には「四季がきちんと例年通り巡ってくるよう頑張る」というものがあるからです。
四季がまともに巡ってこない今年の異常さを考えるにつけ、これは日本国を成り立たせる基本を揺るがすことなのだと、本書を読むと思わされてしまうからです。

有名な持統天皇の歌、「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」って、国家的にすごく重要な歌だったんですね。
今までは「のどかに衣更えを詠った歌」ぐらいの認識でしたが、そうはどっこい、これは持統治世の自画自賛の歌だったのです。
「春が過ぎてきちんと夏が来たようだ、四季が順調ということは田んぼも畑も期待できる、だからこの世は安泰、聖なる山に暦どおりひるがえる衣更えの布が気分イイ、私の治世は素晴らしい~」ということを言ってるのだそうです。
季節が季節どおり巡ってくることが季節に支配されている日本にとってどれだけ大事か、一つ狂えば稲も野菜もパーになって大量死者が出ることもありえた古代で、日本を統治する天皇と季節の在り方は切っても切れない関係でした。

というわけで和歌をせっせと詠む。
勅撰集にするつもりで集められた万葉集は、それぞれの題も四季で分けられています。
それから恋の歌。
なぜ恋が奨励されるのかというと、結局出産・繁栄に繋がるから。
「日本という土地で生きる」ということが凝縮されているんですね和歌は。そしてその基本の「愛」の面では、長い歴史でその在り様も変容していく。

神話にでてくる古代の恋愛観、それが仏教の影響を受け、江戸時代の儒教社会で更に形を変え、明治のキリスト教布教でまた変わっていく。
その歴史については本書の2章に詳しいけど、これは更にいろいろな人の考察されたものが読みたいかも。
3章は万葉集の先生らしい飛鳥についての考察等が載っていて、これはとても面白かったです。古代人の飛鳥に対する思い入れの意味が理解できました。今現在も日本のふるさと扱いされている飛鳥ですが、それは日本人の感覚として正しいということなのかもしれませんね。

しかしこうなると、なぜ日本には和歌があるのか、その発祥の理由はなんなのか、というところまで興味が湧きます。
なんせ和歌の最初と言われているのがスサノオの「八雲立つ~」だし、ずっと日本にはあって当然みたいな感覚でしたからねえ。
大和を統治するための手段とはいえ、なんでそこまで歌が大切になってしまったのか、考えてみたらとても謎です。




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by teri-kan | 2013-10-21 11:19 | | Comments(0)

どよよん曇り空 inベラルーシ

ザックジャパン、どんよりしてるなあ。
迷ってるし、停滞してるし、だからチャレンジできない。
ザックの言う「勇気とバランス」の「バランス」は慎重にやってたけど、「勇気」はとんと見られなかった。
ベラルーシの守備は堅かったとはいえ、攻めあぐねてバックパス、攻めあぐねてコネコネ、攻めあぐねて囲まれ、しまいにはいいように回されまくり。

あかーん。
ある意味セルビア戦以上の完敗。
相手の方が何倍もサッカー上手だった。
残念だったなー。

やはり本場は違うね。ヨーロッパでは中堅の下の方といったレベルのベラルーシだけど、なんていうか、サッカーのこと知ってるというか、土台からして違うんだなあと思わされる。
だからこそ日本の選手も欧州移籍を奨励されるんだけど、でもクラブで試合に出られなければかえってマズいことになる。
今シーズンの香川はいい例で、この2試合の敗戦の原因の一つは完全に香川なんだけど、あんな香川なら清武でも乾でも斉藤でも誰でもいいから替えてくれやって感じなのに、クラブで試合に出れないから代表で出してあげなきゃならないという本末転倒ぶり。

香川のリハビリも親善試合の目的の一つだとしたら、そりゃあ勝てるはずがない。
別にこの時期のゲームで勝ち負けはこだわらないけど、数少ない代表の試合を最大限に活用できているかとなったら間違いなく出来てないよね。
つくづくもったいないよなー。
まあそれならそれでザックにはもっとやりようがあるだろうと思いますが、ザックはザックの考え方があるし、あの人もご多聞にもれず頑固だからね。難しいね。

ミラニスタ時代にイライラさせられたことを思い返せば、今のザックはまだ許容範囲なので、私個人は巷で言われてるほどザックに腹を立ててはいないんですね。
耐性があるといわれればそうなんだけど、就任が決まった時からそんなの覚悟してたし(だってザックだし)、なのにアジア杯、W杯予選は文句なしだったし、そもそも今の日本代表の状況はザックじゃなくても必ず通る道。簡単にザックを切ればいいという話でもないんだ。
肝心なのはここからの修正で、おそらく最終的には岡田式守備転換を復活させるかどうか、それだけのことかなあと思う。
それをしなくても戦える状態に仕上げられるかどうかがザックの腕の見せ所だけど、そこに期待を持てるか持てないかで解任派か続投派か分かれるんでしょうねえ。

アジア杯優勝がなければ解任でもいいかなあって感じだけど、あの優勝のおかげでコンフェデに出られたし、コンフェデがあったからこそ秋に暴露するはずだった守備の脆さを夏に前倒しで知ることができた。守備の脆さの暴露はアジアの戦いから世界の戦いにシフトした時点でザックであろうが誰であろうが必ず体験することで、ベラルーシ戦がなぜに攻撃までダメダメだったかというと、暴露された守備の脆さを気にして守備に慎重だったからでもある。
どっちにしろこの時期は試行錯誤期なわけで、日本代表自体の問題とザックの問題は分けて考えるべきだろうと思います。

とはいえ、速攻の練習はもっとやってくれないかな。
速攻のやり方知らないからバックパスするのかな?ってくらい速い攻撃が今回も皆無だった。
柿谷を使うならボランチからのロングボールも織り交ぜてほしい。今回柿谷以外にも何回かオフサイド取られたけど、さっさとパス出せばどれもオンで行けたと思う。
ウッチーがいい位置に上がってるのに何度も黙殺されたりとか、中盤の停滞は最悪だった。ボランチは組み合わせからもっといろいろ試してほしい。
それと1トップに前田を使うのを復活させるのは案外アリじゃないかと思う。
2列目の選手を生かすことが最大の強みなのが変わらないのなら、彼らを生かすために捨て石になれる前田は貴重かも。本田や香川に得点を期待するならスペース作れる前田は必要なんじゃないかな。
逆にマイクは厳しい。皆にマイクを使う気がなければ、はっきり言っていてもしょうがない。切羽詰まった状態になれば放り込みをする気になるのかどうか、そこんところもさっぱりわからない。ザックは放り込みアリだけど選手がどう思っているのか、そこはよく話し合ってほしい。
つーか、香川は試合出れるところにさっさと移籍しろ。はっきり言って話はそこからだー。



とまあ、どよよんとネガティブなことばかり書いたけど、ポジティブなことだってないわけじゃない。
ポジティブその1、チームに波があるのは当たり前。今よければむしろ本大会が不安。今は悪いくらいでちょうどいい。
その2、日本が弱ければ相手は侮ってくれる。本大会で必要以上に警戒されることもなくなる。
その3、ボロボロになれば大胆な改革ができる。アンタッチャブルを外すのは普通じゃ難しい。
ナンチャッテその4、エヒメッシが温存できたので本大会で秘密兵器扱いできる。本番でエヒメでカモメなメッシに相手は翻弄されまくることになるだろう……へっへっへ。

というわけで、要するに、総合すると、「能あるタカは爪を隠す作戦」。
これですよ、これ!

……ま、本番になっても爪を隠したままの可能性もあるんだけどね。
そもそも日本に爪があるのか?という問題は、とりあえず今は無視しとこう。
とにかく暗くなってもしゃーない。腹立ててもお肌と胃腸が悪くなるだけ。
悩むのは代表関係の人達に任せて、こっちは来月の試合を楽しみに待っていよう。
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by teri-kan | 2013-10-16 15:53 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

守備の文化とセルビア戦

何も成長していない……。

2失点目、最悪すぎる。
あれだけ前がかりでアホなミスパス。
ボールの取られ方が最悪ならシュートの打たれ方も最悪。
人数はいるのになんなんだ。
ホント立ってるだけなんだな……。

日本には守備の文化がないとか、ここ数ヶ月ネットや雑誌なんかで特集組まれたりしてたけど、ホントにそうなんだなあとセルビア戦の二つの失点を見て痛感しました。
押さえどころをわかってないって感じ?
塞ぐべきところを塞いでないというか、わかってないから予測できないってことなんだろうなあ。

イタリア人監督を招聘するなら、フル代表じゃなくオリンピック代表とか、いっそのことユース世代の監督とか、早い段階から守備の極意を仕込めるようにした方がいいんじゃなかろうか。
というか、それだけじゃ足りなくて、きっと日本人の監督やコーチに守備を教えることから始めなきゃいけなくて、きっとそれは十年単位の仕事になる。
でも守備の哲学が全くない今のスカスカ状態から守備の文化を作り上げていくには、年月が絶対に必要ですよね……。

まあ今の代表に関して言えば、もっともっとセルビアクラスの国とアウェイの試合を組めたらなあって感じです。
回を重ねればもっと上手く戦えるんじゃないかという気は見ていてしたし。
かといって今回のセルビア程度に負けるようじゃW杯でグループリーグ突破は不可能。
いろいろとモヤモヤ感が募る試合でしたね。

人数かけてボールを取りにいってるのに取れない状況はつらすぎた。
あれでサイドチェンジをやられたらしんどい。
ザック、もうちょっとどうにかならんだろか。
選手個人のコンディションがバラバラってのもあったけど、課題ばかりが目立った今回のセルビア戦でした。
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by teri-kan | 2013-10-12 03:27 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

「アルセーヌ・ルパン 第二の顔」

ボワロ=ナルスジャックによるアルセーヌ・ルパンのパスティーシュ第3弾。
ルパンがフランス国家に寄贈した奇厳城の美術品を、とある犯罪組織が奪ったことから起こる「犯罪組織VSルパン」の戦いを描いた作品です。

前の2作以上に「これはルパンものではないだろー」という感想が先にきてしまうお話です。
これを思えば「ウネルヴィル城館の秘密」はきちんとルパン作品と言えました。
本作も一応ルパンは大活躍するのですが、なんていうか、やはり描かれている犯罪の質がですね、ちょっと言葉にするのが難しいのですが、ルパンシリーズを読む時に感じる「古きよき時代感」に欠けているんですね。それがイマイチ私の好みではないのです。

なので、こういうのが好きな人には向いてるお話なんだろうなあと思います。
犯人は驚きの人物だし、途中もアッと驚く展開を見せるし。

でもこの犯人、私は大嫌いだ。
はっきりいって下種ですね。
ドーブレック(水晶の栓)やエサレス・ベイ(金三角)もクズだったけど、あの人達はまだクズな感情とはいえ感情を持ってる人間だった。
この犯人はねえ、いやー、なんていうか、もうイヤ過ぎる。
ホント最低なんですよ。人非人なんですよ。

あともう一つ、本作に違和感を抱く理由は、多分ルパンに覇気がないからでしょうね。
奇厳城の事件を引きずってる時期という設定なので、ある意味やる気がなくなっててもしょうがないんですが、アホみたいにバイタリティあふれるルパンっていうのがルパンの基本姿勢だと思うので、その辺でも「なんか違う」と感じる原因になっています。

まあ覇気は終盤には盛り返しますが。
それでやっぱりルパンは明るいのが似合ってるよなあと改めて思ったりもするわけですが。

そんなわけでちょっと問題アリの本作ですが、途中で登場してくる青年との親分子分の関係を作り上げていく過程は面白かったです。
そういった意味でラストシーンは結構好き。
女とはダメだけど若い青年とはいい関係築いて最後仲良しになっちゃうってのは良かった。
どうしようもない人間ばかりが出てくる本作にあって、その青年だけはとても良い風をもたらしてくれました。
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by teri-kan | 2013-10-10 10:30 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)

「バルカンの火薬庫」

「ウネルヴィル城館の秘密」に続く、ボワロ=ナルスジャックによるアルセーヌ・ルパンのパスティーシュ。
タイトルから想像できる通り、第一次世界大戦の発端となったバルカン半島の政情を背景にしたお話です。

「火薬庫」なんて、なんともきな臭くて硝煙臭いタイトルですが、本作の事件の発端となった出来事は、実はロマンチックだったりします。
清らかで純粋な愛がもたらした悲劇って感じでしょうか。
そんな愛が「火薬庫」呼ばわりされてしまうということが、当時のバルカン半島の不穏さなのでしょうね。このお話はかなり政治的です。

どうしても前作の「ウネルヴィル城館の秘密」との比較になってしまうのだけど、事件のタイプとしては個人的には「バルカンの火薬庫」の方が好きかな。
こっちの方が上品というか、まあ犯罪に上品も下品もないんだけど、「バルカンの火薬庫」の方が洗練されてる印象がありますね。
「ウネルヴィル城館の秘密」はいろいろと粗野だったですからねえ。犯行のやり方も、事件の進み方も、敵とのやりあい方も、犯人の動機も。

まあ犯人の動機という点では「バルカンの火薬庫」もルブランものとは毛色が違っています。登場する姉妹が大きな役割を果たすのですが、ラスト、ああいう結末にするのなら、もうちょっと話の途中でルパンと彼女達の交流を丁寧に描写する必要があったのではと思います。

ルパンは女好きのはずなのに、どうも女を観察する目の描き方が弱いんですよねえ。
本当ならもっとルパン目線の姉妹の比較があってしかるべきなのに、ほとんどないに等しいのです。
その点ルブランは登場人物の心理を描くのが上手かったですよね。
人物の佇まいを描写したその一行で人となりや内面を表現するということ、ルブランは出来てましたから。

ボワロ=ナルスジャックは事件や謎のどんでん返しを作るのは得意だけど、心理描写は得意じゃなかったのかな。
それともルパンが所詮他人の作ったキャラクターだったからか。
ボワロ=ナルスジャックの他作品を読んだことないので真相は不明ですが、本家とパスティーシュの違いの最たるものは、そこら辺にあるのかなあって印象です。

ちなみにポプラ社版は「ルパンと時限爆弾」というタイトル。
なんと探してみたらありました。
これは親に買ってもらってたんですねえ。
すっかり忘れていましたー。
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by teri-kan | 2013-10-07 16:45 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)

今さら半沢直樹

話題沸騰の倍返し半沢直樹。
今更ですが、最後の三話分の感想を。



面白かったけど疲れるお話でしたね。
音楽からしてしんどい。
無理矢理アドレナリンを分泌させられるような、血圧を上げさせられるようなドラマ。
一度観たらやめられない人、確かに多いでしょうね。

でもこれでスッキリするってのはどうなんだろうって感じです。
勧善懲悪で倍返しでスッキリして良いって意見には、正直そうかなあ?って印象。

最初の方は観てないのでわからなくて申し訳ないのだけど、少なくとも私が観た三話分はスッキリとは程遠い終わり方だったです。(安心はしたけど。)
最終回のラストなんて、これぞ「ザ・銀行」「ザ・日本の会社」みたいな結末で、しかも「ま、どうせそうだよね」と自分も納得してしまうという虚しさもある。
悲しいことにそういった現実に諦めてるところってあるんですよねえ。

社会派ドラマだから当然なんだけど、今現在の問題をお話にしてるから、ドラマの中で根本的な解決はどうしたって訪れてくれないんですよね。
せいぜい卑近な事例でザマーミロ感を味わうのが関の山で、大々的な改革が行われるわけじゃない。
勧善懲悪ドラマとして「水戸黄門」を引き合いに出してる記事があったようだけど、「水戸黄門」がただ面白いで終わってたのは舞台が無関係の江戸時代ってことが大きいと思うし、リアル社会を舞台にしてスッキリする勧善懲悪は難しいような気がします。

だってたとえ半沢が勝負に勝ち続けて頭取になったとしても、銀行はほとんど変わらないんだろうし。
半沢自身の成長は見られるかもしれないけど、それがテーマとなるドラマでスッキリする勧善懲悪を求めるのなら、彼はますます常人離れした英雄になるしかないし、となるとリアリティからは更に遠くなりますよね。
ドラマとしてはそういうのもアリですが、このドラマはそれを目指してるわけでもなかったし、もし続編を作るとしたらその辺のバランスをどうとるのかが課題になるような気がします。

堺雅人、続編どうするんでしょうね。
秘めた情熱が薄い微笑みの向こうに見えるといった風貌の彼が叫びあげるのは確かに圧巻でした。
周囲は作りたくてウズウズしてるみたいだけど、彼の判断は結構楽しみだったりします。
もし映画でやるなら視聴率40%超がどれほどの観客動員につながるのか、そんなことも気になりますね。
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by teri-kan | 2013-10-03 15:18 | ドラマ | Comments(0)

勉さんと水口さん

すみません。まだ続く「あまちゃん」の話。
多分もうこれで終わると思う……。



「あまちゃん」のテーマの一つは愛と情熱だけど、ドラマの中で最もそれを愚直に体現していたのは、実は琥珀の勉さんじゃないかと思っています。
勉さんの琥珀愛は最後の直前まで一貫してましたからね。
水口さんがアイドル勧誘のために弟子入りしたのがバレた時も、騙されたことを怒るより水口さんに琥珀愛がないことを怒ってたし、あのとんちんかんなまでに琥珀に情熱傾けてる姿には、笑いながらもなんかいいなあと思ったものでした。

そこのブレのなさが良かったですよね。
中年三組の結婚式でも神父役務めたりとか、あれは本来笑うとこだけど、町の皆にすごく信頼されてる証でもあって、そんな勉さんには何かいいことがあってほしいなあなんて、観てるこっちは思ったりしてました。

なのに恐竜の骨は水口が見つけるという(笑)。
アリ入りの琥珀も水口が見つけるという(笑)。
しかも最後の最後で勉さんのあれほどの琥珀愛は恐竜の骨に劣るという(笑)。

いやー、なんかいろいろと報われてないけど、でも水口さんの快挙は勉さんがこれまでコツコツ仕事してきたおかげだしなあ。
仕事の花がどこで開くのか、自分のところで開くのか後継者の代で開くのか、そんなのわからないけど、でもコツコツと続けていかなきゃ花は開かないわけで、この二人はこれからもお互いのペースを貫きながらコツコツと良い師弟関係築いていってもらいたいです。
「親譲りのマーメイド」に対応する「琥珀の師弟」って感じで。

で、その水口さん。
実は北三陸に戻ってきた時、そのうちユイちゃんとくっつくのかなーなんて想像してました。
ユイちゃんの彼氏のハゼ・ヘンドリックスさんはその後どうなったのかサッパリだし、水口さんとユイちゃんの組み合わせも結構いいんじゃないかと思ったのです。
が、このドラマはユイちゃんの恋愛どころか、帰郷したアキと先輩の恋愛の進展も描かなくて、とにかくまずは復興。
海女クラブの財政再建のためユイちゃんはオバサン達に「手を動かせ」と文句垂れつつミサンガをせっせと編み、アキは「いい思い出で終わらせられたら困るんだ!」とばかりにオジサン達にハッパをかける。
とりあえず二人とも恋愛どころじゃないんだよね。

で、水口さん。
東京にいる時は「アキのことを好きなのかな?」って感じだったけど、北三陸の彼を見てたら違ってましたね。アイドルとしてのアキは好きなんだろうけど、恋愛感情ではなかったみたいです。
種市先輩に「いっぱんだーんせーい、ルパーンさーんせーい」と絡んでたのも、別に嫉妬からじゃなくて、大事なアイドルに傷をつけられたら困るという、ホントにただそれだけの気持ちからだったみたい。

でもそれって勉さんの琥珀愛と通じるんですよねー。
アイドルを育てるのと琥珀を磨くのは一緒って言ってたことがあったけど、あれって比喩でもなんでもなくて、ホントに水口さんの中では一緒だったようです。

といったわけで、水口さんがアキはおろかユイちゃんともどうにかなる可能性は低そうなんだけど、でも太巻と鈴鹿さんの例もあるように、アイドル愛が恋愛に変わることだってなきにしもあらず。
それに水口さんは実は強運の持ち主。アリ入りの琥珀見つけたり恐竜の骨見つけたり、勉さんも歯噛みして悔しがるほどの宝持ち。
でもそれ、本人は全然その価値知らなくて、宝は価値を知らなきゃ宝にならないといういい見本のようになってました。

水口さん、宝を宝として知らずに持っているということ、結構あるみたいなんですよね。
アキのことだって最初は「かわいい方のおまけ」みたいな認識だったのに、かなり時間がたってから「この原石は本物かもしれない」とやっと気付くようになった。
だからもしかしたら大事な自分の恋愛相手だって今は気付いてないだけで既に身近にいるのかもしれない。
そう考えたら楽しくて、ドラマが終わって一番先が気になるのは、実は水口さんのことだったりします。
このまま北三陸に腰を落ち着かせるのかどうかわからないけど、アキやユイちゃんと同じくらい彼の今後は気になりますね。

ちなみにアキと種市先輩は案外このままのペースでおつきあいが進んでいくような感じがしてます。
ファーストキスの場面ではなにやら不穏なアキの語りが入りましたが、今現在と言わずこの先も先輩との関係はいい感じなのではないかと思います。というか、そうであってほしい。
先輩、アキのことよくわかってますからね、大抵のことにはつきあえると思うし、助けどころも外さないと思うし。
いつまでも南部ダイバー魂な二人でいてほしいなあと、これは思いっきり願望込みで予想しておきます。

実は種市先輩も無頼鮨の大将やいっそん(南部ダイバーの先生)のように、熱い師匠に恵まれてるんですよね。
潜りながら寿司屋をやるってのもいいと思うんだけど、先輩のお仕事の今後もちょっと気になるところであります。
ヒマな時は海女カフェで卵焼き作ったりとか、してもいいんじゃないかなあ。



「あまちゃん」はホントいろいろ語れることが多すぎるんですよね。
DVDの予約がすごいことになってるそうですが、それも理解できる後をひくドラマだと思います。
全てを知ってからまた最初から見直すと、きっと新たに見えてくることもあるんでしょうねえ。
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by teri-kan | 2013-10-01 11:18 | 朝ドラ | Comments(0)