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「昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか」

大塚ひかり著、草思社。

面白そうだと思って購読したのですが、思っていた以上に高齢者福祉のお話というか、昔話を深く知るというよりも、とにかく高齢者福祉、高齢者福祉の本です。
昔話や古典文学の解説は確かにたくさんあるのですが、現在の日本の高齢化社会を考えずにはいられない内容で、そういったものを求める方には大変オススメの良い本だと思いますが、昔話についてちょっと知ってみたいかもという程度の人には重いかもしれません。

高齢者福祉のみならず児童福祉にも関わる内容で、昔話の主役とは、ようするに社会的弱者ということなんですね。
社会的弱者とは何かというと、生産活動に携われない人達ということで、要するに「働かざる者食うべからず」、働けない者に生きる資格はないという、社会でギリギリのところにいる人達のこと。
姥捨て山、捨て子、酷い行動をとる老人、そういった昔話がゴロゴロあることの理由が、働けない者の生きる居場所がない過酷な現実の反映だったということです。

体の弱った老人は社会で完全にいらないモノ扱いされる。
現代の価値観だと「なんて酷いんだ(怒)!」ということになりますが、貧しい社会は古今東西大なり小なりそんなものではあるでしょう。
現代の日本でさえ年金支給年齢はどんどん上げられて、老人は死ぬまで働かなければいけなくなるかもしれない。
働ければまだましで、働けなかったらどうすればいいのか。
面倒みてくれる子供がいればいいけど、子供も共倒れという話は普通にある。
生産活動ができない人を養うというのは、個人・国問わず財政に余裕があってこその話なんですよね。

読みながらしみじみ経済が順調であることが何より大事だなあと思わされたのですが、介護にお金がかかるのは当然として、高齢者はもちろん障碍者といった社会的弱者が世の中で活動しようと思うなら、例えば電気使用量は必然的に高くならざるをえないわけです。
エスカレーター、エレベーター、クーラー、夜道の明るさ、なんだか細かいこと言ってるけど、弱者と言われる人達がなるべく不自由なく安全に生きていこうと思ったら、大量の安定的な電力はどうしても必要。
しかも安い電力です。
電気料金が高くなったから国内工場を閉めて海外移転させるなんて話を聞くと、失業者とその老親の介護はどうするんだ、税収も減るじゃないかということになるし、高齢者を大切にと思うなら、経済力を低下させるわけにはいかんのですよね。
電力も安定的に安くとなると、原発の再稼働の問題も考えざるをえなくなって、なんかもう読んでてホントしんどいんですよ。
難しいですねえ。

というように、昔話を知りたかったのに現代の問題を突きつけられるところがしんどくて、可愛らしい装丁に反して結構ハードな中身が「ちょっと想像していたのと違っていたかも」といった感じの本でした
川崎の老人施設の事故や虐待とか、これに書かれてることと大して変わらない事件も頻発してるし、昔話で全然すまないんですよね。
だから本当にしんどい。

我ながら甘かったなあと思います。
主役をはるパワーあふれた元気な老人を求めてこの本を読んだら愕然とすることウケアイ。
老人問題は昔も今も綺麗ごとじゃ全然ないですね。
社会のあり方と直結してるから考えなきゃいけないことが多すぎる。

あ、そういえば、認知症は現代に特有の問題かと思っていたら、昔から認知症の老人がいたという話は印象的でした。
これはちょっと書いておきたいかも。
突然豹変する鬼婆の話とか、奇行の老人の話とか、そういった昔話の老人は認知症の人がモデルになってるんだそうです。
言われてみればなるほどーです。
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by teri-kan | 2015-09-30 14:51 | | Comments(0)

朝ドラの職人と夢と理念

NHKの朝の連ドラ「まれ」、なんとか最終回を迎えることができました。
いろいろと微妙なドラマで、視聴率って正直でしたね。

結局、ケーキ職人であることの必然性の問題かなあ。
「まれ」が始まる前から、能登とケーキの組み合わせってどうなんだ?と思ってて、「瞳」のように月島と里親とダンスを無理矢理突っ込んでわけわからん話になったらどうするのだろうと心配してたけど、やっぱりちょっと「うーん?」って感じだったと思います。

能登と職人の組み合わせは抜群で、でも塩や漆はそれだけ取り上げてもドラマとして難しい。
だからそこに今風のケーキ職人が合わされば、女性も興味持ちやすいし職人自体の素晴らしさも伝わりやすくなる……なんて狙いがあったのかなと想像するけど、肝心のケーキ職人の描き方が観念的すぎて残念でした。
塩作りの元治さんの肉体のリアリティや、塗師屋の在り方を見せれば自然と伝わる漆職人の仕事ぶりと比べると、ケーキ職人は実態が薄すぎました。
ドラマでケーキ職人をやるのは難しいのかなあ。
ていうか、ケーキ職人じゃなくてパティシエって言うんだけどね。

そういえば「どんど晴れ」もパティシエが出てきたなあ。
主人公の実家はケーキ屋で、んでもってやっぱり場所は横浜なんだよね。
でも主人公はパティシエ修行してたけど結婚して旅館の女将になるという、パティシエ自体はなんだか微妙な扱いで、ストーリーに組み込むのに都合がよかっただけという気がしないでもない。
朝ドラのパティシエって結構不遇ですね。

とまあ、好き勝手書きましたが、実はもともとこんなこと思っててもここに書くつもりはなくて、なのになんで書こうと思ったのかというと、最終回がとんでもなかったからなんですね。
希(まれ)がこれまでドラマに出てきた「いいセリフ」をいちいち挙げ始めて、最後の最後で見る気が一気に失せていったからです。
なんだか「純と愛」の長々とした決意表明を思い出しましたよ。
あれは自分に言い聞かせていた決意表明で、「まれ」の「いいセリフ」は希の周囲の人達への感謝の表れだったけど、ドラマとしては完全に視聴者への訴えでしかなくて、なんでまたこんな押しつけがましいことをやるんだろうとウンザリしたのです。

しかし、実はこれだけでもまだここに書く気はなくて(笑)、でもなんでやっぱり書こうとなったのかというと、「総括。惨状の日本から生まれたドラマ「まれ」最終回」を読んだから。
いろいろ「まれ」のいいとこ書いてあるんだけど、でも視聴者が朝ドラに望んでるのはそんなことじゃないと思うんですよねえ。
どんなに良い理念でドラマを作っても、面白くなきゃ意味がないでしょ。
毎朝楽しめて、続きを早く見たいと思えて、そうなってこそ初めて生きる良い理念であって、最後の最後に「このドラマはこれだけ名台詞を言ってました。さあ聞け」とばかりに「そういや言ってたな」程度のセリフを繰り返されても苦痛でしかない。
「惨状の日本から生まれたドラマ」と言われても、ストーリーが生きててセリフも生きてなきゃこっちには何も残らないですよ。
それならまだ「あまちゃん」の「ウニはゼニ」の方が心に残ってるよ。
あの一言で働くことの尊さと自然の恵みへの感謝が伝わってきたから。
なんと言っても短かったし。

なんかね、もう、あれこれ言うより先に面白いドラマ見せてくれよ、なんですよねえ。
毎朝見るんだから面白くなきゃダメなんだってばー。

とまあ、そんな感じの「まれ」でした。
ところどころ見るの飛んでるし、ここまで語るほど思い入れもなかったんだけど、「ふーん」で終わってたものが最終回で「はあ?」となったので、ちょっと書いてみました。
話の全体的な流れは結構好ましく見てたんだけどな。
いつ世界一になるのかと娘に突っ込まれてたところとか良かったし、深刻な問題を深刻っぽくしないところも良かったんだけど、最終回の「いいセリフ」の羅列と合唱で倒れた(笑)。

押しつけがましいのは好きじゃないです。
朝ドラの現代モノは作り手側の理念や思想の入れ方の塩梅を加減した方がいいのかもしれないと思います。
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by teri-kan | 2015-09-28 12:56 | 朝ドラ | Comments(0)

「SWAN」ドイツ編 その5

おお、レオンが泣いている……。

「SWAN MAGAZINE Vol.41 2015秋号」を読みました。
とりあえず1コ問題は解決、かな。

感想です
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by teri-kan | 2015-09-24 10:37 | 漫画(SWAN) | Comments(2)

ピアノ協奏曲 ト長調 / ラヴェル

もしかしたら「のだめカンタービレ」で有名になったピアノ協奏曲かもしれません。

確かに、いかにも主人公のだめが好きそうな曲で、明るく軽快な、洒落たピアノ協奏曲です。
弾いてても楽しいんだろうなあと想像できるというか、実際ピアニストは楽しく弾いていらっしゃるようにお見受けするのですが(まあピアニストの弾いてる姿はどの曲も楽しそうに見えるのですが)、ジャズ風味が入ってるとやけに自由が溢れてるような気がしますね。
とにかく軽快で、開放的な曲です。

いやホント、キラキラとカラフルなオモチャ箱をひっくり返したような楽しさです。
それでいて第二楽章は幻想的で美しくて、いろんな楽器が軽快に鳴ってる第一楽章も、霧がかった深い森のような第二楽章も、どちらもラヴェルっぽくて良いです。
第三楽章の活気にあふれた疾走感も好きですね。
なんだか良いことしか書いてないけど、でもホントにそうとしか書きようのない曲です。

まあ、この曲にどういう精神性があるのかと問われると、私には難しくて答えられないのですが、音を楽しむ、様々な種類の音の妙を楽しむという点では、とても素晴らしいのではないかと。
ラヴェルってその辺難しくて、結局難しいこと考えずにとりあえず楽しんでおこうという聴き方しか出来ません。
ラヴェルの音楽自体は高度で複雑で難しそうな印象が強いので、だから楽しめる部分だけ楽しんでおこうみたいな。

というか、言い方に語弊があるかもしれないけど、そういった精神性の押し付けがないのが良いかもしれない。
聴いていても脳が身軽というか。
こういう明るい曲だと特にそんな感じになります。
純粋に音のみに浸れる、そんな幸福感って感じかな。




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by teri-kan | 2015-09-18 22:53 | 音楽 | Comments(0)

最近のいろいろ

・カープの幻のホームラン

審判は目が良い人がなるもんだと思ってたけど、ビデオ見てもダメなのならダメだよねー。
カープがこのままズルズルと4位定着すれば問題は大きくならないけど、ここに来て調子が上がってるし、状況によっては後々まで禍根を残しそうです。
僅差で4位に終われば、「ホームランになってれば3位になれた」。
僅差で3位に終われば、「ホームランになってれば2位になれた」。
僅差で2位に終われば、「ホームランになってれば、……ゆ、優勝!?」ってな感じになる予感。
まあその前に地獄の十二連戦ですけどね。



・「花燃ゆ」はとんでもなく微妙

悪いドラマじゃないんだけど、これなら大河ドラマじゃなくてもいいよねって感じなのが辛い。
大金かけて作るようなものじゃないよね。
幕末から維新にかけての長州を描くのは結構なのだけど、文さんを中心に据えるのはやはりきつかったかなあ。
幕末男子云々っていうのはどこにいったのか、いつの頃からか奥のドロドロがメインになって、まあ長州内のゴタゴタはいいとして、鳥羽伏見の戦いから版籍奉還までが超アッサリだったのがすごいなあって印象です。
「花燃ゆ」のテーマってなんなのかなと、そもそも大河ドラマってなんなのかと、ちょっと考えさせられました。



・全米オープンのまさか

錦織がまさかの一回戦負けで、少々暇な二週間でした。
その分フェデラー全力応援でしたが、またもや決勝でジョコビッチに勝てず。
それまでずっと調子が良かったからいけるかなーと思ったけど、残念な結果に終わりました。
でも数年前の「これからもうあまりフェデラーを見れなくなるのかもしれない」といった不安ははるか遠くへ。
やはり次元の違う選手です。
いつまでも現役でいてほしい。
で、錦織は気持ちを入れ替えて頑張ろう。



・行方不明者は無事だった

鬼怒川決壊による常総市の行方不明者、もとい連絡のとれなかった生存者の件は、とにかく皆さん無事だったということで良かったです。
現地の方々も安堵されたことでしょう。
まあ連絡が遅くなったとか、情報伝達のあり方がどうとか、課題はたくさんありますけど、とにかく不明と言われていた方々が無事だったことを喜びたいと思います。
そして亡くなられた方にはご冥福のお祈りを。
家を失った方、水道電気の復旧がまだで不自由をしていらっしゃる方、そういった方々の生活が一日も早く良くなりますように。
寒くなる前に、できるだけ早く!



・もう彼岸花が咲いた

お彼岸までまだあるのに、昨日近所で彼岸花が咲きました。
今年は残暑がゆるいからかな。
もう結構涼しいし、秋が早くやってきそうです。
でもこの気候は服に悩む……。
ネコにも中途半端な気温らしく、「寒い~」人間の上に乗る、「暑い~」床に下りてダラーン、これを何度も繰り返しています。
でも過ごしやすい季節なのには変わりない。
できればこれがなるべく冬ギリギリまで続きますように。
で、台風はもういらない。
渇水の年にまた来ておくれ。
20号はさっさと東に行くように。
日本はもう十分水は足りてるよ。



国際情勢ではEUの難民問題、国内では安保法案、中国の景気減速による下がり気味の経済、いろいろニュースはあるけれど、これらは軽々に書けることじゃないのでとりあえず置いておきます。
世界の不安定化、流動化、なんと言えばいいのか難しいですが、激動する時代に入ったことは覚悟して、頭を柔らかくしておきたいものです。
今すぐどうにかなるとは思わないけど、日本にはこの先何が起こっても柔軟に対処できるよう、備えを万全にしておいてもらいたいですね。




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by teri-kan | 2015-09-16 14:40 | 事件・出来事 | Comments(0)

ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21 / ショパン

第1番の一年前に作曲されていたというショパンのピアノ協奏曲第2番。
まだショパンが十代の時の作品で、十代の青年ショパンが作ったと言われたら大納得という、とんでもなくみずみずしく、震えるほど綺麗な曲です。

本当に美しい曲なのです。
精緻なガラス細工のように繊細で、透明感があって、優しくて、ロマンチック。
驚くほど細やかで、本当に何度言葉にしても足りないくらい綺麗。
「ピアノの詩人」ってホントその通りで、キラキラと美しく、情感にあふれている曲です。

例によってこれもオーケストラが弱いと言われていて、確かに「そうかもしれない」と思えるような曲ではあります。
悪い言い方すれば、ノクターンやマズルカに伴奏がついたって感じ?
そんな単純なものでもないけど、そういう印象を抱きそうになる箇所はあるかな。
だから普通のピアノ協奏曲を想像してこの曲を聴いたら、ちょっと「え?」って思う人はいるかもしれません。
でもショパンを好きな方にはオススメ。
ショパンらしさをとことん味わえる曲なのは間違いありません。

この協奏曲、というか第二楽章なんですが、片思いの曲なんですね。
ショパンがまだ話したこともない、見てるだけの女の子を想って書いた曲なのだそうです。
胸がキュッとするような、甘酸っぱいトキメキを聴いてて感じてしまうのはだからなのですが、このちょっと悶々とするような感じ、十代の青年の恋情ほとばしってますといった感じは、言葉にすれば詩情にあふれてるということにもなるんでしょうが、まあなんというか、ほんとストレートだなあと、聴いてて微笑ましくも気恥ずかしくもなってきますね。
若いっていいねえって感じ(笑)。

でもホント綺麗で、焦れ焦れしながらもウットリ。
若い時からショパンはショパン。
とことん綺麗です。
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by teri-kan | 2015-09-14 15:54 | 音楽 | Comments(0)

豪雨と決壊

この数日、関東から東北にかけて、大雨で大変なことになっております。
特に栃木、茨城、宮城。
鬼怒川の決壊には言葉を失いました。
あの水量と勢いでは家も人もどうにもなりません。

自衛隊、海上保安庁、消防、警察の方々の、プロフェッショナルな仕事の甲斐あって、随分たくさんの人が救出されましたが、今日になって行方不明者が数多くいることを知り、非常に重い気分になっております。
既に亡くなってる方もいらっしゃるし、せめてその数が増えないことを祈るばかりですが、不明者の人数を考えると悪い想像しかできず、辛いばかりですね……。

浸水した土地建物はどのくらいの数になるんでしょうか。
鬼怒川の決壊した付近の家屋はおそらく全滅ですよね。
農作物の被害も時期が時期ですし、莫大なものになると思います。
震災からの復興にまだ程遠い県にとって今回のことは痛すぎますし、皆様のショックを思うとこちらも落ち込みそうになります。
毎年毎年こんな話ばかりで、本当にしんどいです。

なんかもう、大きな災害は日本のどこかで必ず起こるようになってしまいました。
どこが安全とか全くない。
いつどこにいたって明日どうなるかわからない。
そういう意識で生活しないとダメだってことになってしまったようです。

沿岸部にいたら津波や高潮、内陸にいても河川の氾濫・決壊、大きい山のそばは火山の噴火、そこらの山の近くなら土石流・土砂崩れ、山は怖いからと低地に住めば浸水、ていうかどこに住んでも台風は通る時は通るし、日本中どこでも地震はある。
なんなのさー、この恐ろしい土地。
自然災害どうしてくれよう。

最後には愚痴しか出てきませんね。
自然に文句ばかり言っててもしょうがないんですが。

救出に当たっている方々、避難場所で働いていらっしゃる方々、体に気をつけて頑張って下さい。
被害に合われた方には心からお見舞い申し上げます。
まずは今現在の状況が少しでも改善することを祈っております。
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by teri-kan | 2015-09-11 16:37 | 事件・出来事 | Comments(0)

これからも香川は10番で

テヘランで行われたW杯二次予選アフガニスタン戦は6-0で勝利。
久々に見る、以前は当たり前だった日本代表でした。

シンガポール戦もこれくらい大差になると思っていたんだけどね。
なかなかうまくいかないものです。

香川のゴールは二つとも良かったですね。
カンボジア戦も動き自体は悪くなかったし、こうしてシュートが落ち着いて決めれるようになったなら言う事なし。
代表香川もドルトムント香川のようにもっとよくなると期待できます。
香川の復調は日本代表にとって絶対必要だから、代表全体の今後の見通しも明るくなったということで、まずは課題一個クリアといった気分です。

誰もが驚いた原口の右サイドバックへの変更とか、相変わらず「えっ!?」という采配を見せるハリルホジッチですが、まだまだ試行錯誤は続くっぽくて、半年のロスが痛いなあと思わされた試合でした。
ザックは2年で完成させて、結局そこからチームとしてほとんど上積みできずに下降線の状態でW杯本大会でしたからねえ。
一番良い状態で本大会を迎えるためには、予選で「あーでもないこーでもない」とやってるくらいがいいのかもしれないけど、肝心の予選に落ちたら何にもならないというジレンマ。
W杯決勝トーナメント進出への楽な道ってないんだなと思います。

まだまだ問題課題が山積みの代表ですが、とりあえず今回はそれなりに良い雰囲気で終われたので良かったです。
たくさん点を取って勝てて良かった。
香川が良いゴールを決めてくれて良かった。

また次も頑張りましょう
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by teri-kan | 2015-09-09 14:18 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

ピアノ協奏曲 第1番/バルトーク

バルトークは、名前はよく見るけど聴いたことがない、というポジションに長らくいた作曲家でした。
馴染みがない上に何から聴いていいのかわからなくて、手が出しにくかったんですよね。

なので、このピアノ協奏曲第1番は自分にとって初バルトークということになります。
初めて聴くバルトークがこの曲で果たして正しいのか、さっぱりわかりませんが、とにかくそういう事情で書く感想ですので、変なところがあっても温かく見てもらえればと思います。
この曲一つでハンガリーについて語ってしまうことも、できれば大目に見てもらえたらと。

というわけで感想なんですが、まず第一回目に聴いた時の感想は、これに尽きました。
「土くさい」。
土着的とか民族的とか、そういう以前に「土」。
もう土そのもの。とにかく土。

バルトークはハンガリーの作曲家だということは知っていて、で、自分にとってクラシック音楽のハンガリーといえば、リストやブラームスの「ハンガリー舞曲」とかのイメージ。
今回も漠然とそんなのを想像してこのピアノ協奏曲を聴いたものだから、もうびっくり仰天。
「え?」としか言いようがない驚き(笑)。
土くささにあっけにとられるしかありませんでした。

でも、「あー、これがハンガリーなのか」と、妙に納得できました。
これこそがハンガリーなんだろうなと。
田舎の村のハンガリー的習俗とか、そういうものを飛び越えて、古来からそこにある大地こそがハンガリー。
それこそブダペストに石畳が敷かれるよりもっと前の、フン族来襲の頃くらいの大地。
マジャール人が大挙してやってきて住みついた大地。
ロマの人達が行ったり来たりしてる大地。
そういった土地こそがハンガリーってことなのかなと。

という風に思うのもですね、第2楽章がストラビンスキーの「春の祭典」を思い起こさせて、ついあの曲と比較してしまったというのがあるのです。
「春の祭典」もこの曲同様いかにも大地な、土くささが香る曲ではあるのですが、命を生み出す土地としての生命力も感じられて、エロスも十分漂ってる。
バレエの影響もあるけど、「春の祭典」には生命力と色気があるのです。
だけどこのピアノ協奏曲第1番の大地には色気がない。
力強さはあるけど、命を生み出す生命力とかいうものじゃない。
なんていうか、大地は大地、あくまで大地、どこまでも大地、ただそこにある大地。

そんな感じで、実はこの曲は怖いのですよ。
生贄が出てくる「春の祭典」より怖い。
土地に対する、人間の感情の挟む余地のないリアリスティックな感じが怖い。
その辺の異質感がとても大きいんですね。
ロシアのスラブ人は農民で、ハンガリー人(主にマジャール人だけど)は元々遊牧騎馬民族というのが大きいのかな?
一見近い音楽のような気がするのに、土地に対する感覚が全然違う印象です。

なんていうかなー、土地の恵みに対する感情がないわけではないんだろうけど、ハンガリー人はその辺どんな感じなのかなあって思いますねえ。
そもそも遊牧騎馬民族の土地に対する考え方が自分よくわかっていないし、もともと彼らにとって土地は奪うもの、都合が悪くなればそこを捨てて別の土地を求めていくもの、という感じだったと思うんだけど、そんな感覚がバルトークの時代にも残っていたのかとなると「そんなことはないだろう」と思うし、でもそういうものはそうそう民族の中からは消えないと言われれば「そうかあ」と思うし、まあとにかく、いろいろと考えさせられることの多い曲でした。

何度も聴いたら慣れてきたんですけどね。
「あ、カッコいい曲なんだ」と思えたし。
でもリアリスティックすぎて、今後もあまり積極的には聴かないかも。
もしかしたらピアノがあるのとないのとの差が大きいのかなあ、「春の祭典」と比べると。
「春の祭典」もピアノ連弾版は怖さが増大したし。

上手く言えないけど、ウェットさがもうちょっとあればなあって感じですかね。
浪花節とまではいかなくても、もう少し情と色気が欲しい。
バルトークの他の曲がどうなのか気になるところだけど、今のところはバルトークを聴くのは、またしばらく先でもいいかなあって感じだし、カッコよかったけど、こういうのばかりだったらちょっとしんどいかもしれないなと、正直今は思います。
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by teri-kan | 2015-09-07 14:21 | 音楽 | Comments(0)

「急にボールが来たので」を思い出した

十年来のサッカーファンなら誰もが知ってる柳沢の名言、「急にボールが来たので」。
2006年ドイツワールドカップで決定的チャンスを外した柳沢のコメントとして、当時それはそれは話題になりました。

「急にボールが来たので」。
略して「QBK」。

気の毒なことにそれ以来「QBK」は柳沢の代名詞となり、押し込むだけのシュートを決められなかった他選手のプレーにも「QBK」は使われるように。
おそらく日本特有のサッカー用語として、これからもネットを中心にファンの間で延々と使われ続けていくことでしょう。
かわいそうだから言ってやるなと言われても、多分やめられない。
あのプレーはそれほどサッカーファンに大きな衝撃を与えました。

同じくらいの衝撃を昨日のカンボジア戦で目の当たりにして、いやー、またもや我が目を疑っちゃったな。
シンジラレナーイって感じ。
あれですよ、前半の終わり頃の香川のプレー。
武藤のクロスを目の前のガラガラゴールにまっすぐ入れるだけってやつ。
いやー、うーん、いやー、ハリルホジッチのやり方云々という声はあるけど、こんなあり得ないことされて、こっちとしてはむしろハリルに申し訳ないという気持ちしか起こらない。
まあ香川のコメントは柳沢よりはマシだったけど。
後半にゴール決めることができて、ホントに助かりましたねえ。

にしても相変わらず点が入りません。
香川のあれもそうだけど、パスとシュートがちょっとずつズレてるんですね。
皆すごく無理な体勢でヘディングしたり、シュートしても相手に当てたり。
総じて前線の選手はシュートが力みすぎて、いかにも決まりそうにない感じでした。

2点目の吉田のシュートはいい感じに力が抜けてて、吉田の方に希望を感じてしまうなんてなんなんだよーって思ったりしました。
「決定力決定力」って言われてるから気合が入るのもわかるんだけど、前線は競争激しいから「点取りたい点取りたい」になるのもわかるんだけど、全然リラックスできてない感じがアリアリとわかって、なんかなーっていう試合でしたね。

とはいえ勝ったから全然文句はありません。
セットプレーでの得点があればなお文句はなかったけど、代表の公式戦は勝つことが命ですから、とりあえず満足です。

酒井宏樹が頑張ってましたね。
今まで内田以外の右サイドの攻撃は死んでることが多かったけど、昨日の酒井は本田ともきちんとパス交換してました。
よかったよかった。
相手にボールが渡った時も、カンボジア相手だったとはいえすぐ取り返していたし、あの辺の守備の切り替えの速さはチーム全体で終始キッチリやっていて良かったです。

というわけで、良くなってるところも確かにあるんで、次の試合は更にもうちょっとでも良くなってることを期待。
気合を入れるのはいいけれど、もう少し肩の力を抜いて、その上で全力を尽くしてもらいたいです。
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by teri-kan | 2015-09-04 16:51 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)