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「滝に飛び込んだり」の近代日本

「あさが来た」で新次郎さんの先がもう短いとわかってしまい、あさが泣いてしまう場面がありました。
そこで新次郎さんはあさを慰めます。
「電車言うのに人がはねられたり滝に飛び込んだり戦争で爆弾浴びたり」して死ぬ人が今時は多いのに、自分はこうしてあさと一緒にいられるのだから泣くことなんかない、と。

しんみりしながら見ていたのですが、「電車」と「戦争」はわかるとしても、「滝に飛び込んだり」ってなんぞ?と思って、自殺のことじゃないかと言われたので調べてみたら、やっぱり自殺のことでした……。
新次郎さんの言ってた「滝」は、華厳の滝のことでした。

明治36年の5月に旧制一高の学生・藤村操が投身自殺をしたとのことで、Wikiにも詳しく載っています。
享年16歳だったそうです。
今まで全然知りませんでした。
華厳の滝が自殺の名所になった理由ってこれだったんですね。

エリート学生の自殺ということで、当時各方面に衝撃を与えて、後追い自殺も続いたそうです。
新次郎さんの言ってるのは、きっとこの後追いの方ですね。
「藤村の死後4年間で同所で自殺を図った者は185名」で、その内「既遂が40名」ってありますから、尋常な数じゃありません。
若者の自殺で後追いと言われると、私の年代では岡田有希子が思い浮かびますが、それ以上のインパクトだったようです。





新次郎さんと明治時代
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by teri-kan | 2016-03-30 16:35 | 朝ドラ | Comments(2)

荒れる春場所は優勝決定後に荒れた

千秋楽、優勝のかかった結びの一番でまさかの変化。
あっけなく白鵬優勝が決まったことで館内が大ブーイングに包まれました。
TVの前のこっちもどっちらけ。
客の立場だったら「金返せ!」にもなるでしょう。ヤジも理解できます。
あれにはホントに失望しました。

白鵬には白鵬の事情があったことはわかります。
が、客にその事情を忖度しろと言うのなら筋が違うと思います。
力士には力士の見せるべきものがあるでしょう。
優勝を左右する一番にはそれにふさわしいものを、千秋楽には千秋楽を飾るにふさわしいものを、力士は見せる責任があると思うのです。
見せてくれると思っているから私達もTVのチャンネルを合わせるのです。
なのにここ一番でこそ変化が来るとなれば、なんかもう見なくていいじゃん?ってことにもなりかねません。

この取り組みだけなら「そういうことで優勝が決まることもあるだろう」と納得もできるのですが、白鵬はこれまでの積み重ねがありますから、こういうことすると、もうすこぶる心証が悪いんですね。
「勝てば何をやってもいいのか!」ってヤジが飛んだというけど、腹に据えかねてる人はおそらくかなりいるのだと思います。

個人的には嫌いじゃないんですけどねえ。
むしろ尊敬してた方なんですが、最近は残念なことで話題に上がる方が多くなりましたね。
勝利至上主義すぎると批判されていますが、勝利至上主義ならまだましで、白鵬の場合は勝利数至上主義のように見えるところが印象によくないです。
記録だけなんか!?と言いたくなる時は正直ありますね。

記録は大事だし、特にキャリアの晩年にもなれば記録がモチベーションを上げてくれるものなので、それを励みにやることを否定する気はないけれど、でもね、史上最多の優勝回数を誇る横綱が、勝ち星稼ぐためにバンバン立ち合いで変化をやってるというのは、ちょっとこれってどうよの気分にさすがになりますよ。
横綱ってそんなもんでいいんですかねえ。
ファンをここまでガッカリさせて、それでいいんだろうか。



まあとにかく、最後の最後で大荒れの春場所でした。
途中までは面白かったのにね。
大関陣が強いと面白いんだなと、ちょっと昔を思い出しましたよ。
でも横綱はさすが横綱で、強い大関よりも更に強いのです。
白鵬と稀勢の里の一番とか、「白鵬さすがだなあ」と心の底から感心したのです。
だからこそ最後をどう締めるか、楽しみにしていたんですが。

ねえ……。
なんだかなーな終わり方でしたねえ。
ホント、なんだったんでしょうねえ。
あの時の感情は、ホントなんとも言い難いものでした。




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by teri-kan | 2016-03-28 14:48 | スポーツ | Comments(0)

恐怖の砂時計 & 姉妹の行末

あと一週間半の「あさが来た」。

あさ夫婦の部屋の箪笥の上に砂時計があって、いかにも「カウントダウン準備完了!あとは発動するだけ!」といった風なのが悲しい。
砂時計は新次郎さんのそばにいるけど、二人にはまだ見えてないって感じなのがこれまたなんとも(涙)。

あれって五代様の砂時計だと思うんだけど、新次郎さんが形見にもらったというよりも、砂時計が自らやってきたって雰囲気の方が強くて恐いんですよね。
惣兵衛さんの家の隅にいきなりひっそり佇んでても不思議ではない。
それくらい不気味です。

あまりに変わってしまった大阪、加野屋を、複雑な思いで語る人達の心情が胸にきます。
カンパニーをカッパと言っていた頃が懐かしい。
新次郎さんが惣兵衛さんのミカン山に郷愁を感じてるのが、もうねえ。
あのバリバリの都会っ子が原風景を求めて和歌山の田舎を、惣兵衛とはつの家を訪ねるというのは、やっぱ年とっちゃったってことなんだろうなあ。
なんかもう最後の挨拶みたいで、「やめてよー」って気分になるけど。

今日の放送はまだ冒頭部分しか観てないのだけど、惣兵衛さんもいよいよって感じだし、あさとはつの姉妹は二人とも旦那さんを見送る立場になってしまうのですね。
最終回は二人で語らう、とかになるのかなあ。
はつまで逝ってしまったら辛すぎるし、史実なら既に死んでる人をここまで生かしたのだから、最後まで生きて、二人で人生しみじみ語り合うところまでいってほしいものです。
姉妹の人生の対比もドラマのテーマだったしね。

二人の女性を対比させた朝ドラが人気が出るとして、ネット上なんかで「あまちゃん」や「花子とアン」がよく例としてあげられるのですが、おそらくそんな対比のドラマのさきがけは96年の「ふたりっ子」で、性格も生き方も正反対の双子のお話の大ヒットの方が、「あさが来た」を考える時には思い出されます。
姉妹だと立場や環境のスタートがほぼ同じなので、そこからどんな風に道が分かれていったのかがわかりやすいし、視聴者も「自分ならどちらなのか」という視点で見やすいので、共感を得やすいのかなと思います。

あさとはつはそれぞれ向き不向きがあって、でもどちらの頑張り方にも納得ができて、現代に生きる人間としてはどちらにも感謝したい気分になりました。
あの時代にあさのような開明的な女性がいたからこそ、後世の女性は何の疑問も持たれることなく大学へ行けるし、はつのような地に足ついたお母ちゃん達が激動の時代でも家をきりもりしたからこそ、今の日本社会があるし、明治の女性達には本当に感謝です。
明治って政治や重工業ばかりが目立って、いかにも男くさいイメージであんまり好きじゃなかったけど、女の人達だってすごいじゃないかと、「あさが来た」は心の底から思えたドラマでした。
先進的な女性はもちろん、地道に日々を生きてきた人達こそね。
あさとはつ以外の女性達も、このドラマは本当に良かったです。
日々をしっかり生きること、今いる場所でしっかり生きること、皆それに一生懸命でした。
みんな気持ちのいい人達だったなー。



新次郎さんがいなくなったら、あさ、どうなってしまうのかなあ。
はつは惣兵衛さんを失っても、なんとか耐えるのだろうなと、その耐える姿も想像できるけど、あさがどうなるのかは想像がつかない。
広岡浅子さんの記録の通りになるのかなあ。

あー、もう、今から悲しすぎるー。
砂時計がひっくり返らないように誰かボンドで固定してー。
サラサラ流れる砂は、シャレにならんですわ、マジで。
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by teri-kan | 2016-03-24 14:13 | 朝ドラ | Comments(0)

ドラマ「精霊の守り人」 始まりました

記念すべき第一回目、なかなかよく出来ていたのではないでしょうか。
上手くまとまっていたし、初回で出すべき情報はわかりやすく出ていたように思います。

出すべき情報とは、新ヨゴ皇国の成り立ちとか帝の在り方、人々の暮らしぶり、といったものに加えて、登場人物の紹介ですね。
王宮内の力関係やキャラのわかりやすい提示、バルサの過去も並行して描き、チャグムと対比させる。
映像ならではの作り方がなされていて、「上手くまとめるものだなあ」と感心しました。
「天と地の守り人」までを考えた上での第一回目になっていましたね。

世界観の表現は文句なしです。
帝の御座所は白が強くて、最初はちょっと違うなと思いましたが、勝手にイメージしていた天皇の御座所っぽいモチーフと案外外れてはいないのかなと。
極端な白は神聖性の象徴なのでしょうね。
原作だと帝は姿を現さないだけで聖性の表現にもなりますが、映像ではそうもいかないから、あのやたら白い部屋はドラマとしてはありなんだろうと思います。

都の雑多な雰囲気は良かったですね。
特にトーヤとサヤの暮らしてる橋の下と橋の造形はイメージ通りで嬉しくなりました。
あ、橋といえば最初のチャグムが落ちた橋、あれはイメージをはるかに超えるスケールでビビった(笑)。
あんなところから落ちて無事なわけないじゃん、ってくらいとんでもない橋。
もっと穏やかな橋を想像していた自分はイメージ貧困なのかもしれません(苦笑)。

衣装、ラルンガ退治が元になった祭の踊り、料理、下町の雰囲気等々、アジアのごった煮のような習俗がとても良いです。
原作を読んだ時、私が最初にイメージしたのはインド辺りで、読み進むうちインドからちょっと東に寄りましたが、まあそんな単純なものでないのは御存じの通り。
大きな山脈がドーンと北にそびえてるんで、どうしても実際のヒマラヤ以南を思い浮かべがちになりますが、既存の世界地図から自由にならないと話のつじつまは合いません。
そこの苦労は原作を読んでる時、正直ありました。

でも稲作が盛んというのは大きいですよね。
あと温暖そうなことと、水が豊かなこと。
なのでドラマ化にあたって新ヨゴ皇国を東と南のアジアの混ざり合った習俗で表現するのは自然かな。
その辺製作側とこちらとの齟齬はほとんどなく、これは原作のおかげなのでしょうね。
作者の上橋菜穂子は下々の暮らしぶりをしっかり描くので、そういった面でのイメージの共有は皆きちんとできてるような。
まあ、それをどこまで表現できるかが肝ですが、さすがそこは90年記念、労を惜しまず作ってくれてると感じます。
初回を見る限り次も楽しめそうだし、3年間期待できそう。
登場人物がこれからどんな成長を遂げるのか。
ホント楽しみです。

ドラマの帝は原作以上にこういうキャラなんで、帝の行く末をどう表現するのか、演出と藤原竜也の演技には期待したいです。
帝は新ヨゴ皇国そのものですからね。
しかも神。
神の傲慢さと悲哀をどう見せてくれるか、透明感のある存在感に期待。
難しい役だと思うけど、頑張ってほしいです。

綾瀬はるかと小林颯くんは、もうただただ頑張れと。
原作のバルサとチャグムに対して感じていたのと同じ気分で、ただただ頑張れ。
生きて生きて、最後までバルサとチャグムを生き切ってほしいです。




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by teri-kan | 2016-03-22 15:16 | ドラマ | Comments(4)

「SWAN」ドイツ編 その7

「SWAN MAGAZINE Vol.43 2016年 春号」を読みました。

うーん、むーん、いやー、そのー、この感情を言葉にするのは難しすぎるー。

書けば根本的な部分の話になってしまうし、それを言っちゃあおしまいよだし、でもとうとうこの時が来てしまったからなあ。
うーーーー。
この思いをどうすればいいのやらーーー。





「クリープを入れないコーヒー」はどの世代まで通じるのか
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by teri-kan | 2016-03-18 12:54 | 漫画(SWAN) | Comments(11)

キース・エマーソン

プログレの雄、EL&Pのキース・エマーソンが亡くなりました。
享年71歳。
死因は拳銃自殺でした。

近年は右手に病を抱えて、思うような演奏が出来なくなっていたようです。
昨年その演奏を批判されたりもしたそうですが、4月に予定されていた日本でのライブを前に、命を絶つ選択をしてしまいました。

これは悲しい……。

キース・エマーソンほどのミュージシャンがこんな悲しい理由で死んでしまうなんて。
いや、だからこそと言うべきなのか。
胸の内を推し量ることなど到底無理ですが、それにしても他に道はなかったのか、考えてしまいます。



プログレッシブ・ロックは、私よりも前の世代の音楽ですね。
後追いで聴いたくらいで、CDを買って聴いたのも、EL&Pとキング・クリムゾンと、あとはイエスくらいかな。
ピンク・フロイドやジェネシスはいつかと思いつつ、とうとう買う機会がないままでした。
やっぱり一昔前というイメージですかねえ。

好きなミュージシャンが好きだから聞いてみた、というパターンですよね。
キーボーディストはステージ上のパフォーマンスも含めてキース・エマーソンの名を挙げていたような記憶があります。
昔のライブビデオを観たことがあるけど(わざわざ市の視聴覚ライブラリーの所蔵ビデオを観たんですよー)、確かにすごかった印象があります。
インパクトのある人だったですね。



にしても、今年のこの年代のミュージシャンの訃報の連続はどうにかならないものか。
ここに度々書くのもなんだしなあということで、グレン・フライは書かずにいたんだけど、あれもものすごくショックだったんですよ。
なんなんですかね、これって。

こんな調子じゃ毎年グラミー賞は追悼パフォーマンスでいっぱいになるじゃないですか。
ナタリー・コールの追悼パフォーマンスがなかったことが物議を醸していたけど(私もなんでなかったのか不思議)、こんなんじゃホントに追悼する時間が足りない。
世界中の誰もが知ってる大物がどんどん鬼籍に入っていって、寂しいったらありゃしないです。

それでも病気による寿命は仕方ないと思えるけど、そうでない場合は……。
なんでこんなことになってしまったかな、キース・エマーソン。
本当に本当に残念です。
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by teri-kan | 2016-03-16 13:31 | 音楽 | Comments(0)

「なんという、小説のような出来事!」

のぶちゃん面白い。

先週の「あさが来た」の話になるけど、文学少女ののぶちゃんが千代と東柳さんの再会を「小説のような!」と表現してたのが印象的で、あさが新次郎さんからの文(ふみ)を見て「光源氏のような字書かはる~」とウットリしてたのを、ちょっと思い出してしまいました。

あさの時代の理想の男性は900年前の古典の物語の主人公で、千代の場合は現代に執筆されてる小説のようなシチュエーション。
時代の違いを痛感しますね。
学校行ってるし、本読みまくってるし、明治はイキイキしてます、女の子が。
可能性においては江戸時代とは雲泥の差です。

完全に江戸時代の女性であるよのさん、幕末・維新という変革期のあさ、新しい明治の千代と、加野屋の女三代はそれぞれの時代を体現してるかのような人達でした。
その時代時代に適応した女性で、でも千代は勉強バリバリやってるって子じゃなくて、その辺はやはり向き不向きがあるんですよね。
その子にあった生き方がその時代の中でどういう風に実現できるか、そこが肝心で、別に新しい時代が来たからって最先端の生き方をしなきゃいけないわけじゃないし、男だって商家に生まれたからって皆が皆商売人に向いてるわけじゃないし、その辺の登場人物の生き方のしなやかさが、それぞれの夫婦の組み合わせも含めて面白いドラマでした。





「あさが来た」、総括?
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by teri-kan | 2016-03-14 23:59 | 朝ドラ | Comments(0)

東日本大震災から5年 & 最近の事件

復興は遅れている、と感じている被災者は多いそうで、仮設住宅からまだ出られない方々には辛い5年目となったようです。
確かに5年も仮設住宅というのはね……。
当時の中学生が大人になり、赤ちゃんが小学校にあがろうかという年月ですから、これは長いです。

変わっていくものと変わらないものの落差が、この5年間で大きくなっているのかなと感じました。
年月がたっていくごとに辛さは弱まるんじゃなくて、1年目には1年目の辛さが、5年目には5年目の辛さがあるんですよね。
今後少しでも被災者の方々が楽になってくれればと願うばかりです。



また中学生が死に追いやられる事件が起きてしまいました。
冤罪が原因で自殺に追い込まれたということで、事件の内容のあまりの酷さに憤りを抑えることができません。
校長と担任が目の前にいて「人殺し」と叫ばずにいられる自信がない。
それほど学校と教師に対して腸が煮えくり返っています。

全国の中学生の自殺数は残念ながら毎年かなりの数だそうですが、それでも全国ニュースになるほどとなると限られていて、そして大抵そこまで大事になったところは、学校・地域、教師・保護者に闇があるんですよね。
外からは窺えない何らかの力が働いていて、結果生徒に歪みが向かってしまう。

今回の件は本当に可哀想ですよ。
教師不適格者に当たってしまった不運な子供の話はゴマンと転がっているけど、それにしても酷すぎる。
この学校の教師に刑事罰を与えることはできないの?
聖域をいいことに生徒の人生を弄ぶような人間は、学校内だけでなく社会的にも害悪なんですが。

去年のこの時期は川崎の事件があって、あまりに酷すぎてテレビに映る顔写真すら見ていられないほどでしたが、今年のこれは知れば知るほど学校側の下種さに怒りが湧いてきます。
ホント、なんでこの人達教師やってるんだろうか。
人殺しは教師にいらないよ。
無能もいらない。

以前友人の友人で教師をやってる人が、「言動一つで生徒の人生を取り返しのつかないものにしてしまうこともあるから、教師という職業は恐いよ。教師でいるならそれは胸にとどめておかないといけない」ということを言っていたのですが、全ての先生がこういう人ならよかったのに、と思います。
当たった先生が悪かったというだけでは納得しきれないことが多すぎる。
中学教師をやってる親友がいるし、親戚にも高校教師、小学校教師がいて、皆頑張ってるのを知ってるから教師自体を悪く言うことはしたくないんだけど、クズな教師の胸糞悪さは本当にどうにかならないものか。
誰かどうにかして下さい。
子供相手だと思って、クズはホントにクズなことを平気でやるんだから。
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by teri-kan | 2016-03-11 15:29 | 事件・出来事 | Comments(0)

消費期限切れを迎えたなでしこジャパン

チームってこういうもんだと言えばこういうもんなんだけど、佐々木シェフのレシピと料理も、ここが限界だったのかなと。

既に味は以前よりも落ちていて、それでもこれまでどうにか食べられるものになっていたのは、ひとえに澤という高級ダシが効いてたおかげであって、でもそのダシという軸を完全に失ってしまっては、何をどう組み合わせようと、もう無理だったってことなのかもしれない。

残念だけど、でもしょうがないと言うか、世代交代に失敗したからだ、監督を変えなかったからだと今更のように言ったって、そんな簡単なもんでもないのはわかりきってるからねえ。
なんとも言えないなあ。
これで佐々木監督の偉業が色褪せるわけじゃないし、宮間の貢献が地に落ちるわけでもないし。

W杯優勝、五輪銀メダル、W杯準優勝という成績のすごさを、もうちょっと理解しないといけないですよ。
とんでもない偉業ですからね、選手を入れ替えろ、監督も交替させろと言われても、難しかったと思いますよ。
強いてあげるならロンドン五輪後の監督続投決定の際の、なんか煮え切らなかったビミョーな空気だけど、実際のところ佐々木監督の後任を務めたいと思った人ってあの時点では皆無だったろうと思うし、なり手がなけりゃ協会だって続投を要請するしかないですからねえ。
誰でもいいってわけにはいかないし、実際その後のW杯で準優勝したんだから、「やっぱり佐々木監督でよかった」と皆思ったでしょうし、やっぱり諸々考えても、こうなるしかなかったような気がします。

だから、これは想定外じゃないし、殊更嘆くようなことでもないのです。
そりゃリオに出られないのは面白くないけど、リオまで消費期限がもってくれたらいいなあという、ちょっと無理なお願いがやっぱり無理だったというだけの話とも言えるから。
賞味期限が切れた時点でどうにかしていればという反省はあるにしても、賞味期限が切れてもそんじょそこらの料理より美味しいとなれば、そりゃみんなそれを食べ続けてしまいますよ。
仕方ない。佐々木シェフの腕とダシの澤が良すぎたんです。
だてに両者ともFIFAの最優秀賞を取ったわけではありません。
反動が来ることがわかっていても、誰にもどうにも出来なかったんでしょう。
シェフの味はそのうち飽きられるし、ダシもいつかはいなくなる。
そのタイミングが今だったというだけのことです。

むしろ問題はこれからです。
五輪予選が無残すぎる結果に終わったことで、メディアが「あれが悪かった」「これが悪かった」と書き立てているけど、内容のほとんどが監督と選手の溝、選手間の溝、世代間の溝といった、いわゆる人間関係の拙さに焦点を当てていて、テクニカルな問題にほとんど触れられていないように見受けられます。

正直言って、人間関係が問題ならば、人間を入れ替えるなりやり方を変えるなりすれば解決の方向が見えるはずなので、この先の心配をあまりしなくてすむのですが、五輪予選落ちの原因が実は単なる技術不足、実力不足だったとなると、今後かなりの低迷が予想されます。
メディアは世代間の溝を殊更に騒ぎたててるけど、それですむならかえってありがたいというか、世代交代が進まなかった理由に若手の実力不足がなかったかどうか、もしそうならば今後の見通しはどうなのか、そこにも触れてもらいたいですね。
力はあったのに伸ばせなかった選手がいるなら、なぜ駄目だったのかの検証も必要だから。
今回の失敗に準備不足が指摘されているけど、それも含めて強化体制の問題と、そもそもの選手の力の問題と、課題をきちんと整理してもらいたいです。

とはいえ、実際にチーム内分裂はあったんだろうなあと思います。
韓国戦の失点の仕方を見るだけでも、チームの雰囲気の悪さは想像できたし、ずっと何を軸にして戦っているのか、全く見えませんでした。
短期決戦でこれではどうしようもないです。
軸がないチームは脆いですね。

今後は何がなでしこの軸になるのかなあ。
今日の北朝鮮戦でそういうものが見えればいいけど、でも今日は多分宮間サヨナラマッチになるんですよね?
これを機に代表を去る選手が少なからずいるようですから、そういう人達のお別れ試合になるんでしょう。

こういう状況下でなでしこの黄金期を作った選手達の代表最後の試合が行われるというのは寂しいですね。
NHKもまさかこんな展開は予想してなかっただろうなあ。
せっかくゴールデンタイムの地上波での放送だったのに、とにかくあらゆる方面の方々にとって、いろいろと残念な予選敗退でした。
私も残念でした。

リオは逃したけど、女子サッカー、これからも頑張ってほしいです。
もしかしたら茨の道が待ってるかもしれないけど、頑張ってほしい。




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by teri-kan | 2016-03-09 15:39 | スポーツ(サッカー) | Comments(0)

乙女心に詳しい亀助と初恋の林檎

スピンオフは五代様ではなく亀助でした!

うん、亀助なら加野屋の面々の登場が期待できます。
五代様も見たかったけど、亀助のは楽しそうですね。

その亀助、なぜか繊細な乙女心に精通していて、女子のトークにも違和感なく参加しております。
恋するおふゆちゃんをずーっとずーっと見ていたおかげか、恋する女の子の気持ちにどうやら詳しくなっているらしい。
なんだか亀助家族のきゃぴきゃぴした雰囲気も想像できて微笑ましくなってしまう。
嫁のふゆと娘のなつに囲まれて、楽しくやってるんだろうなあ。

そんな亀助の洞察力のおかげで、千代の言うところの千代の友達の恋バナが、実は本人のものだったと(千代以外の)奥向きの皆に知られるところとなってしまい、これから一波乱ありそうな加野屋、というか白岡家。
ヨロヨロの新次郎さんがいいですねえ。
縁談の話が出た時はブスーッとしてるだけだったけど、今は心までしおしおです。
可哀想に(笑)。

自分では上手く言葉で表現できなかった千代の感情を「初恋」と言い当てたのはのぶちゃんでしたが、のぶちゃんの「初恋の知識」はおそらく本からのもので、で、明治時代の「初恋」と言われて真っ先に思い浮かぶのは島崎藤村。
「まだあげ初めし前髪の」から始まる有名な詩ですね。

藤村が「初恋」を書いたのは明治29年で、偶然にもドラマの現在の年と同じでした。
だからこれはまだのぶちゃんは読んでなくて、でも「初恋」というタイトルの小説は、ツルゲーネフの他にもどうやら既に出版されていたらしい。
調べてみたら嵯峨の屋お室という作家が明治22年に小説「初恋」を発表してて、もしかしたらこういうものをのぶちゃんは読んでいたのかもしれない。
ツルゲーネフも読んでたんでしょうかねえ。
ていうか、「初恋」って言葉はいつ頃から普通に使われていたのか、ちょっと気になってきました。

それはそれとして、藤村の「初恋」の重要アイテムは、実はリンゴ。
千代の初恋とまるかぶりで、東柳さんとの場面はこの詩をモチーフにしたのではないかと想像してしまいます。
ただ、あんなにザクッとリンゴを縦に切ったり、皮を剥き剥きしたり、刃物がフィーチャーされる物騒な詩ではありません。
前半だけだけど、こんな綺麗な詩です。


まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり


刃物が絡んじゃったから、千代の場合はここまで綺麗じゃないけど、でも林檎が取り持った仲ですもんね。なんだか甘酸っぱくて良い感じです。
初恋アイテムがパチパチはんだった母親のあさとは違う(笑)。
いや、そろばんはそろばんで素晴らしいんですけどね。
あさが最も欲しがってたものをプレゼントした新次郎さんはナイスでした。

でも、母娘で全然違うんだなと思いました。
共通してるのはどちらも赤色で、どちらも初恋の人と結婚できること。
そろばんでもリンゴでもなんでもいいよね、それぞれに合った形で幸せになれるなら。
千代は母親に対して長年イケズだったけど、根は優しい良い子なので、あさ同様幸せになってもらいたいです。
東柳さんが今のところ新次郎さんに負けず劣らず優しそうな人なので、その辺は大期待して今週を楽しみたいと思います。




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by teri-kan | 2016-03-07 12:00 | 朝ドラ | Comments(0)