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楽しい楽しい西ノ島

昨夜のNHKスペシャルは2013年以来噴火を続ける小笠原諸島の西ノ島の特集だったのですが、いやーメチャクチャ面白かったですねー。
無人ヘリが様々な映像を撮ってくれてたのですが、素晴らしいの一言。

とにかく火山の形が美しい。
ふんわり降り積もったかのように見えるラインが美しい。
噴煙渦巻く火口がいかにも「生きてる」。
テレビの画面越しでもそのエネルギーに圧倒される。

夜の溶岩の川がこれまた美しい。
都会の夜景のようでいて、この世ならぬもののようにも見える。
暗闇の中の赤は恐ろしいけれど美しい。
火口から吹き出す炎、中腹を流れるドロドロと輝く光、淡く光る湯気をたてて海に流れ落ちる光。
技術のおかげでこれらが見れるなんて、私達はラッキーだ。

噴石の分析によると、西ノ島は火山島ではなく、大陸を構成する岩石で出来ているとのこと。
現在ある地球上の大陸がどのようにして生まれたのか、その謎の解明にもつながるとのことです。
大陸ならばこのまま大きくなっても島が沈下することはないそうで、どこまで成長するかわからないけど、先が楽しみなことは確かなよう。
新たな島が生まれた時に居合わせた私達はやはりラッキーです。
西ノ島に人が降り立てるようになるのは何年後になるのかな。
やっぱり100年単位の話になるのかなあ。
おそらく見ることはできないだろうけど、楽しみですねえ。

これって完全に「国生み」ですよね。
国生み&神生み。
古事記の創生神話ではイザナギとイザナミが日本列島を次々生んでいくんだけど、それでいけばさしずめ西ノ島は遅れてやってきた国生み。
イザナミの死の原因になった火の神誕生もセットで。
うん、私達は今現在神話の中にいて、この目でその様子を見ているようなものなんですよ。
ロマンですねえ。

御嶽山の噴火の時に、津波や噴火が絶えず起こる日本は有史以来ずっと聖書の中にいるようなもの、みたいなことをブログに書いたけど、それを思い出しました。
人のいないところで起きれば、こういうのは神話につながるロマン。
噴火が人家の近くで起きたら神話級の災厄。
ホント人間の都合なんだけど、でもここまで人間の力の及ばないエネルギーを見せつけられると、ロマンであれ災厄であれ、とにかくひれ伏すしかないような気になってくる。
それくらい圧倒される。
どう足掻いてもかないっこなくて、例えば御嶽山の時なんて犠牲になった方々の魂の鎮め方に途方にくれたけど、今の西ノ島を見てると、こういう自然に対しては結局神道にすがるのが一番筋が通ってるかもしれないなんて考えたりもする。
人を殺す火山だけど、人が生きていける土地を作ったのも火山。
火山のなすがままに、火山にすがって、共に生きていく道を何が起ころうと作っていくしかないって感じ?
日本人って火山列島の上に生きてるんですしね。

なんかね、大陸の卵かもしれない島の誕生を目の当たりにすると、その終わりがあることもわからされてしまうんですよね。
始まりを見てしまうと、継続が永遠でないことを嫌でも知ってしまうというか、地球って有限なんだなーと、人間だけじゃなくあらゆるものの命について考えさせられてしまって、なんか思考が変なところに行ってしまいそうになるんです。
島ですら生まれた時があるのなら死ぬ時がある、いわんや人間をや、ですよ。
火を噴く西ノ島の姿に、妙に無常感に囚われたりもしましたね。

でもそれを引き留めてくれるのがそこで生きてる生き物たちで、旧西ノ島にいた海鳥が今もたくましく居続けてるだとか、海底で新たなサンゴが生えてたり新種の魚が泳いだりしてるとか、そういう映像にとてもありがたい気持ちにさせられてしまう。
生きてるってすごいなあ、美しいなあっていうか。
で、それらを研究してる方達の顔がこれまたいいんですよ。
深海ザメやダイオウイカの時も思ったけど、こういう時の研究者の顔のイキイキさ加減はハンパない。
彼らの知識と努力のおかげで私達も楽しいし、それにもまたありがたい気持ちにさせられるのです。

火山も島も生き物なんですね。
鳥もサンゴも人間も。
その辺の「皆がそれぞれエネルギッシュに生きてる感」がとても良くて、なんとも感動的で楽しい番組でしたね。
命の無常と、有限だからこそのエネルギッシュさと、人間の持つ好奇心を存分に刺激される楽しさと、それらが同時に味わえたなんとも濃い番組でした。

こういうのはNHKはいいですよね。
こういう楽しい番組はこれからも期待。
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by teri-kan | 2015-08-24 16:31 | その他 | Comments(0)

スイスの自衛権

昔から時々出ていた意見で、スイスのような永世中立国になればいいじゃないかというのが日本にはあるのですが、それについて常々思っていたことをちょっと書いてみます。

スイスについて
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by teri-kan | 2015-08-21 14:43 | その他 | Comments(2)

「新訳 フランス革命の省察」

副題は、「保守主義の父」かく語りき。

エドマンド・バーク著、佐藤健志編訳。
PHP研究所。
1790年出版の原書の要約版です。





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by teri-kan | 2015-08-17 16:06 | | Comments(0)

「私の日本地図6 瀬戸内海Ⅱ 芸予の海」

宮本常一著。未来社。
宮本常一著作集別集より。

だいぶ前に感想を書いた「古代史の謎は「海路」で解ける」を読んで思い出した本です。
古代以降の芸予(広島と愛媛)の瀬戸内海沿岸に生きた人々について書かれており、21世紀の今ではほとんど失われつつある昭和中期の風景や漁師文化など、貴重な記述満載の一冊となっています。

地元のことだからと本屋でパラパラ立ち読みをしていたら、それだけでは済まなくなって結局購入したのだけど、このシリーズはこんなのが15巻あるそうです。
おそらくどれも面白いのだろうけど、結構いいお値段なので買うとなるとフトコロ的には厳しい。
でも興味のある土地は他にもあるので、何かの機会に読めたらと思います。
特に海関係の巻は気になりますね。
瀬戸内海だけでも他にまだあるし。

この本は芸予といっても呉辺りから福山付近まで。広島湾は入っていません。
だからちょっと地味かもしれないけど、だからこそ初めて知る沿岸の漁師の歴史には興味をそそられました。
小早川氏が漁師の生活にそこまで大きく関わっていたのかと、言われてみれば「なるほどー」の世界。
小早川は中世から特に戦国時代にかけて、瀬戸内海で力を振るった武家ですが、確かに地元の漁師の協力なしには海上を押さえるのって無理ですよね。
でも協力した漁師も抵抗した漁師もいたということで、その影響が現在まで続いていたというのは、結構ズッシリくるものがありました。
やっぱり長いモノにはまかれろ?
権力者の言う事聞いてた方が便宜ははかってもらえるのは確かですよね。

漁師は漁師のネットワークがあるというか、船という交通手段を持ってるのは大きいというか、積極的に外に出ていこうという気概はお百姓さんよりはあるのかも。
昔はそれこそ船が重要な移動手段・運搬手段でしたが、そういった足を持ってる方々の生活や歴史は随分と面白いものだったんだなあという印象です。
うちの御先祖は瀬戸内海沿岸に住んでいたとはいえ、漁師とは無縁でしたから、地元とはいえ初めて知ることばかりで、それでいて知っている場所満載で、とてもおもしろく読ませてもらいました。

名もない民衆の普通の生活と歴史が著されています。
興味のある方はそれぞれの地元のものをとりあえずご覧になってみてはいかがかと。
写真もたくさんありますし、とってもオススメです。




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by teri-kan | 2015-06-23 15:42 | | Comments(0)

「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告」

エマニュエル・トッド著、文春新書。
世界情勢を語れるような知識はありませんが、面白かったのでご紹介。





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by teri-kan | 2015-06-10 16:33 | | Comments(0)

ネパール大地震

人命救助に必要な時間が少なくなっていくことに焦りを感じます。
地形の問題や標高の高さ、諸々の悪条件が救助活動を困難にしているとのことです。
完全に崩れきった建造物の中からでも、なんとか助け出そうと努力する方々がテレビに映っていましたが、画面で見るだけでも絶望的で、ちょっと言葉がないです。

あの辺の大地震というと、中国はもちろんのことイラクやパキスタンでよく起こる印象がありましたが、ヒマラヤ山脈のお膝元ですからね、当然ネパールで起こったって全くおかしくなかったのでした。
でも歴史的な建造物が壊れたというくらいだから、今回の地震はこれまでのと比べても大きかったのでしょうか。
観光客も多かっただろうし、運の悪いことにエベレストは登山シーズンだったし、テレビで映らないカトマンズ以外の町や村などの詳しい被害が判明するのはきっと先のことだろうし、今現在の救出ももちろんだけど、今後のことを考えると非常に重い気持ちになります。
ネパール、国として大丈夫なんだろうか。

ニュースによるとインドと中国の支援合戦が行われているようで、そんなことでもネパールのためになるなら良いことなのかなと思うけど、大国の狭間でネパール国民が余計にしんどい思いをすることがないようにと思いますね。

とにかく、今のことを考えても先のことを考えても重い気分にしかならないのですが、まずは瓦礫の下から一人でも多くの方が救出されるように、エベレストに取り残されている方々が一刻も早く安全な場所に移動できるように、願っていたいと思います。
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by teri-kan | 2015-04-27 17:08 | その他 | Comments(0)

広島空港

ゴールデンウィーク前になんてことしてくれたんだアシアナ!

という気持ちでいっぱいのアシアナ航空の事故。
知れば知るほど「よく怪我人だけですんだな」という事故内容で、一歩間違えれば山ごと大炎上していたところでした。
乗客は不運でしたが、怪我だけですんで本当に良かった。
でも空港とその周辺の損害はただ事ではない……。

事故機の機長、今どこで何をしてるんですかねえ。
気になって調べてみたら、なんか変な話ばかりがネット上に転がってて、うーん、どうよ、これって感じ。
アシアナが信用ならん航空会社なのはサンフランシスコの事故でも明らかなのですが、こうも同じようなのが続いて、しかも機長の技量と責任感がやっぱり怪しいとなると、もう関わり合いたくないと言うしかありません。
とにかく、機長の聞き取り調査を一刻も早く行って、事故原因の究明と、空港の完全復旧を全速で成し得るよう頑張ってもらいたいです。

で、ニュース等で言われている通り、確かに広島空港は山の中にあって霧が出やすいのですが、海岸にある空港と比べて霧の程度ってどのくらいひどいんですかね?
広島空港が開港して20年以上たつけど、これまで事故とは無縁の空港だったんで、こちらとしては今更ながら「え?そんなに難しい空港だったの?」という感覚なのです。
難しい空港と言われると、例えば香港とか、ああいうのを想像してたんで、まさかそこまで広島が難しいとは思ってもいませんでした。
まあ確かに夜は周りが山ばかりなんで、とてつもなく暗いというのはありますが。
そういうので見えにくいと言われれば、まあそうかもしれませんね。
「でもパイロットはプロなんだしさ」と素人は考えるわけで、今まで無事故の空港だったのにいきなり「天候がー」「空港自体の場所がー」とか言われても、「うーん、そういう問題か?」ってなってしまうんですよねえ。

とはいえ、変わってる場所にあるなあとは思います。
山の上を飛んでると思ってたら、いきなり着地しますからね。
このいきなり感には慣れてても驚く時があります。
眼下に山を見て、平地を見て、ゆるゆる地上に降りていくという感じではないから。
海の上に埋め立てられた空港に着地するのとは確かに違いますね。

でも山の上には山の上の良いところもあったりするのです。
ネットで見かけた意見だけど、離陸直後に既に高度330mというのは、とても良いことなのです。
この空港の立地にはアクセスの問題でいろいろ揉めてきたし今も揉めてるんで、不満点や問題点の方が多い印象だったんだけど、少なくとも燃料節約になっているのなら、人に優しくなくても資源と地球には優しい空港と言えるのかもしれません。
効果がどの程度あるのかは全くわからないけど。

とまあ、事故が起こったせいでいろいろ考えたりしていますが、まずは事故原因の究明と再発防止の対策と空港の早期完全復旧をなんとかしてもらいたいと思います。
とにかく機長ですよ機長。
本当に、今一体どこで何を?
ネットで噂されてるような物騒なことは御免なんで、早くまともに事情聴取して下さい。
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by teri-kan | 2015-04-17 16:47 | その他 | Comments(0)

粛々と

話題の「粛々」。

「上から目線」と言われたということで、官房長官は今後使わないことを決めたそうですが、「粛々」という言葉自体に「上から目線」成分があるわけではなく、地位が上位にある人が使うからそうなってしまうというのが多分正しいと思うので、今後使わないからどうなるってことでもないような気がします。

政治家が多用する言葉って、言葉本人にしてみれば結構不憫ですよね。
政治家言葉で真っ先に思い浮かぶのは「遺憾」だけど、抗議すべきことにも謝るべきことにも「遺憾」を用いるという、政治家にとって超使い勝手の良い言葉になっているため、一般人にしてみれば嫌悪の対象にもなってるという不憫さです。

まあ今ではそういうのにも慣れてきましたが。
年食ってくると言葉の裏にある政治家の思惑なんかも少しは察することができるようになるので、表面上の文言だけを捉えて脊髄反射的に腹を立てることは減ってきますね。
でも「粛々」は、言葉にとってはちょっと気の毒かも。

「粛々と」は、静かに黙々淡々と、という感じでしょうか。
「粛」の意味を見ると「静まり返っているさま」「つつしみかしこまるさま」とあるので、それが二つ並ぶとなると、いっそう静かに、いっそう畏まって、厳かに、といった意味合いになるのでしょう。
それだけを考えれば、「これのどこが上から目線?」となるのだけど、現実に「上から目線」と言っているということは、「自分が下にされてる」と思ってるということで、平たく言ってしまえば「バカにされてる」「ないがしろにされてる」と感じさせられているってことですよね。

多分「粛々と」の「粛」が言葉としてかなり強いからなんだろうなあと思うんだけど、厳粛、静粛、粛清といったように、「粛」には問答無用の静けさを強いるような雰囲気があって、国のトップにある政治家がこの文字を使うと、なんとなく触れられない感じになっちゃうんですよね。
「うるさく騒いでも聞かないよ、静かにやるんだから」とバッサリ断ち切られるというか。
きっとその辺が「上から目線」なんじゃないかなあ。
「粛々と」の裏には「意見受け付けません」というのが、なんとなく感じられるというのが。

そういうのとは別に、「上から目線」の理由に、もしかしたらこれもなるかなあと思うのが、「しゅくしゅく」という音(おん)。
これはもう、なんとなくだけど。
「しゅくしゅく」という音は、もしかしたら「バカにしてーっ!」という怒りを呼び起こすのかもしれないなと、ちょっとだけ思わないでもありません。

ちょっとだけですが。

どちらにしろ沖縄の問題はそういうレベルの問題ではないので、言葉についてはそこそこで終わらせてもらいたいなあと思います。
言葉狩りのようなことになってしまっては絶対いけません。




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by teri-kan | 2015-04-08 17:29 | その他 | Comments(0)

4年目の3.11

震災直後の感情の高ぶりは、もうかなり落ち着いているという感じでしょうか。
むしろ復興はここからが本番のような気がします。
気力がわかずに今まで何もできなかったという被災者も、無理矢理でも足を前に踏み出さなければならないこともあるでしょう。
それはそれで辛いだろうと想像しますね。
気力がわかないまま何もせずに亡くなっていくというのも辛いですが。

前と同じに決して戻れないというのは苦しいです。
津波の被害者も原発の被害者も、まだその被害は継続中だということを、忘れずにいたいものです。

今年は戦後70年ということで、東京大空襲も70年、広島長崎の原爆投下も70年。
阪神淡路大震災も20年の区切りの年なんですね。だから地下鉄サリン事件も20年。
こういう区切りの出来事をテレビでよく報道しているので、今年は特に記憶の継承について考えさせられます。
どれだけ意識を高く持ち続けられるか。
言うのは簡単だけど、どれも難しいものだよなあと、自分の生活を振り返ってみて思うばかりです。

とにかく今日は祈りの日。
津波で亡くなった方、その後の過酷な生活で亡くなった方(この1年で亡くなった方もいるでしょう)、そういった方々の鎮魂の日ですね。
安らかに眠っていただきたいです。
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by teri-kan | 2015-03-11 16:05 | その他 | Comments(0)

表現の自由の説明の疑問

守り人シリーズを楽しんでいる間に、世間ではいろいろなことがありました。
その中で一つ、ずっとモヤモヤしている件について、ちょっと吐き出しておきます。
ものすごく素人っぽい話ですが、シャルリエブドの反論について感じたことです。



例の風刺画の件で、怒ったイスラム教徒に対してシャルリエブド側が、「イスラム教だけでなくキリスト教も風刺している」と答えてたんだけど、これに違和感ありまくりなんですよね。
シャルリエブドのやったことは、例えて言うなら、「俺の親父はろくでなしのバカだ」と言ってたC君が、I君をつかまえて「お前の親父はバカだ」と侮辱したようなものです。
そりゃI君は怒りますよ。
でもそんなI君に対してC君は、「俺はお前の親父だけでなく自分の親父も侮辱している」って正当化したのです。
おいおいちょっと待ってよと、こちらとしては思わずにいられません。

自分の父親に対しては、育ててくれた過程で子供本人にしかわからない鬱屈も出てくるだろうし、親子ならではの言い争いも起こって当然だけど、他人の父親を外側だけ見て侮辱するなんてありえないです。
どれだけ侮辱に値すると思っていても、その父親を尊敬している子供がいるなら、彼らに対する配慮は必要でしょう。
父親と宗教を一緒にするなと言われるかもしれないけど、根っこの部分は似ているし、むしろそういった人間的感情を無視するから諍いが起きるんじゃないですかね。
人間の本性や本能的な感情を無視して机上の空論のような理想を語っているだけでは、対立は深まるばかりではないかと思います。

フランスが権威と権力に対抗して、戦いの末に手に入れた自由を重宝する気持ちはわかるのです。戦った自分達を誇りに思うのもわかる。
でも一日本人として先ほどの親父の例をとってみるなら、「そんなに厳しかったなんて大変だねえ。親父さんを殺さなきゃやってけなかったなんてどんだけ? うちのお父さんはユルくてヨカッター」くらいのものなのです。
I君にしてみれば、「俺は親父と上手くいってんだよ、親父の言うこと聞いてるのが俺には合ってんだよ」ってところでしょうか。
厳しいお父さんに抑えつけられて、自由が欲しいーっ!!って爆発したC君とは、育ってきた環境も家庭状況も何もかも違うのです。
その「何もかも違う人達がこの世にはいる」ってことが、このC君、もといシャルリエブド側の人達はわかってないんじゃないかということが、モヤモヤ感として残るんですよねえ。

日本人にとってもフランスで勝ち取った自由はありがたく、大変お世話になっているものなので、あまり批判めいたことは言いたくないし、むしろ言えない雰囲気すらあるようですが、もうちょっとその傲慢なところをどうにかしてもらえないかなあと、この件では思います。

ていうか、なんでこんなに極端なんだろうと思いますね、キリスト教圏の方々は。
さんざん抑圧されて、とても息苦しかったから、血を流して戦って自由を手に入れた。そうなるや自由を極端に謳歌して、なんでもかんでも自由、ちょっと反論したら自由の侵害!って叫んで、そうしてるうちにフランス式自由に「ちょっとおかしくないかな?」と思う人達が抑圧され息苦しいと感じ始める。
次はそういう人達が自由を批判するための自由を得るために血を流すのか?
どうにかならないものかって感じです。

新聞っていまや権力ですからね。
もうちょっと発信の仕方には配慮をするべきだと思います。
特に一面にデカデカと絵を載せたら見ない自由を行使できない。
あれは一度視界に入ってしまったらお終いですからね。

高圧的な宗教に苦しみ、人をたくさん殺して自由を手に入れた歴史以外の歴史を持つ民族がいることを、もうちょっと理解してもらいたいものです。
そういう人達をバカにすることもやめてもらって、その上で表現の自由を謳うなら、いくらかは対立が和らぐのではないかと思います。
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by teri-kan | 2015-02-25 12:01 | その他 | Comments(0)