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「銃・病原菌・鉄(上)」

著者はジャレド・ダイアモンド。訳者は倉骨彰。
草思社文庫。

文庫本が発売されて早々に買ったはいいものの、なかなか読めずにここまできました。
下巻読了まで待ってたら上巻を忘れてしまいそうなので、とりあえず(上)のみの感想を。



本書のテーマは、なんで現在の世界はこのような世界になっているのか、です。
なぜヨーロッパが他の地域を支配することができたのか、その逆はありえなかったのか。南北アメリカ大陸の先住民が旧世界に征服されたのは、人種的にヨーロッパ人より何かが劣っていたからなのか。
……いや、そうではない、それは地形的条件、気象的条件などの自然環境がもたらしたものなのだ、というのが著者の言いたいことで、様々な分野の研究からそれを解析していくといった内容になっています。

たくさんの人間を食わせる社会を作れる環境にあったかなかったか、の違いなんですね、戦争に勝って支配者になるか隷属する側になるか、を決める条件は。
だから何千年も前から畑を作れる環境にあった方が強くなる。農業に向いてる野生植物が多く自生していた地域の方が、家畜化できる野生動物が多くいた地域の方が、そうでない地域より技術が進む。

乾期がある場所でないと農業が生まれにくいというのには「へえー」でした。
一年草でないとダメだというのも、理由を知れば「へえー」。
植物の説明のところは知らないことだらけで面白かったです。いやもうなんか、こういうことって人間として最低限勉強してないといけないことじゃないかって感じです。
現代人って漫然とスーパーで食材買って適当に料理して食事してるけど、食物は人間を社会で生きる一員として成り立たせる根本だということ、もっと肝に銘じておかないといけないんじゃないかと感じさせられましたね。

病原菌の話はすさまじかったです。
ていうか、アメリカ大陸の先住民がヨーロッパ人にやられてしまったのって病気を持ち込まれたからだったんですね。今まで武力のことしか考えてなかったです。
でも病気の方がたくさん人を殺したというはかえって悲惨な気がします。
これじゃヨーロッパ人は完全に悪魔の使いじゃないか。

実は常々疑問には思っていたんですよね。いくら武力で制圧されたといっても、あまりにあっけなく支配されすぎじゃないかって。
でも持ち込まれた病気に対する抗体が全然なかったからと言われればなるほどなあって感じで、例えば村の人間が謎の病気でバタバタと死んで生き残りが自分を含めてほんのちょっとだったりしたら、そして周囲はいつのまにかヨーロッパ人だらけになっていたとしたら、想像するだけで恐ろしすぎなのですが、もう何もかも言いなりになってしまっても仕方ないような気がします。
わけわからないうちに根底から破壊されたって感じでしょうし、気の毒極まりないですね。



欧米の白人さんって、いまだにヨーロッパ以外の地域がヨーロッパのように進化しなかったのは、その地域の住人が白人よりも劣っていたからだ、とか思ってるわけ? もしくはそういう人がまだ多くいるとか。
実はそういう人がいることを前提とした言い回しをしてる箇所が結構あって、読んでてそれが目についたんですよね。もっと事実を淡々と記述してくれるだけでいいのにって感じでした。
まあ本書の意義がまさしく「人種の優劣ではなく自然環境の違いがその差を生み出したのだ」ですから、そこのところをしつこく言うのは正しいのでしょうが、しかししつこく言わなければいけない現状が歴然としてあるということも感じさせられて、なんだかなーって気分になりました。

でも全体的には大変楽しく読めた本でした。
普通の馬は投げ縄で捕まえられるけど、シマウマは絶対に輪が首にひっかからないとか、日常レベル(?)の小ネタが、実は世界の勢力図の行方まで関わっているという、そういう一つ一つの話は面白かったですね。
確かになんで馬は家畜化されてるのにシマウマはされてないのかとか、疑問に思ってもよさそうなもんですよね。シマウマがアフリカの人達に飼い慣らされて乗りこなせるようになってたら、白人のアフリカ侵略だってそうは簡単にいかなかっただろうに……。
まあ、アフリカ先住民がシマウマ乗ってる姿を想像するのも変な感じですが。
シマウマに乗ってね、サバンナの遠くまで駈けてって、狩りも馬上から行うんですよ、手作り弓矢とか吹き矢とかで。
……んー、やっぱりピンとこないかな。



とまあ、そんな上巻でした。
下巻は文字の誕生から始まっていますが、これまた長くかかりそうです。




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by teri-kan | 2012-05-23 14:54 | | Comments(0)

「日本の歴史をよみなおす(全)」

著者、網野善彦。ちくま学芸文庫。

現在本屋さんの文庫コーナーに新刊っぽく並べられていますが、最初に刊行されたのが1991年と1996年、2つを合わせて文庫化されたのも2004年と、実は結構昔の本です。
なのに「全ての日本人が読むに値する数少ない本です!」「いま読んでる本を止めてでも」と帯に新刊っぽく書かれていたので、つい手にとってしまいました。

内容は、南北朝の動乱期に日本の社会は大きく変化しており、その時に生まれたものが現在までつながる日本のもととなっている、というもの。
そんな中世に起こった変化を、庶民の識字率や経済活動、宗教、社会的弱者のあり方、といった様々な面から膨大な資料にあたって読み解いていく、といった内容です。

私は日本の歴史に興味はあれど読むのは古代モノばかりだったので、こういった中世の話はとても新鮮でした。下手な先入観なく読めたと思うし、庶民の生活ぶりには成る程と思えるところが多かったです。
非人と言われる人々がどのように差別される階層となっていったかも興味深く読みました。
非人や女性といった虐げられていた人達の救済に鎌倉仏教が尽力していたということも。

一方で、この本を読むのがちょっと遅かったかなあという気も起こりました。
例えば、江戸時代の女性の地位については、NHKの「お江戸でござる」なんかで女性の立場が結構強かったことは聞いていたし、明治以前の日本が海洋国家だったことも、詳しいことは知らないにしても、そうだったということくらいは今はもう結構認知されてると思います。
江戸時代までの日本は80~90%農民の国だと言われていたがそれは誤りだ、というのも、普通に国内旅行したり紀行番組見たりしていれば薄々わかることで、江戸時代に商工業で栄えた町が全国にざらにあることを考えれば、「教科書は建前しか教えてなかったんだな」と、なんとなく察することはできるんですよね。だから「日本は昔から経済が発達していたのです」と言われても、今は驚くというより「まあそうだよね」と納得するって感じじゃないかな。

そもそもそうでなければ明治にいきなり近代国家に、なんて無理だったでしょうしね。
明治の急速な発展や戦後の急速な経済成長が「江戸時代が終わるまでほとんどの人間が農業しかしたことありませんでした」って国民に出来るかといえば、それはちょっとねえ、やっぱり難しいんじゃないかと思いますもんね。

……と、経済ド素人の人間が感覚だけで語っていますが、そういうわけで、だからこの先生が書いてることは成る程と思える事が多かったです。
多くの人が事実と思い込んでる建前と、実際に起こっていたことと、その間にある差を明らかにして日本の歴史を別視点から捉えなおすというのは、確かに面白いものでした。

で、そういうのはまあいいんだけど、本書にはどうもいろいろと微妙なところもあって、それについては読みたい方だけどうぞって感じで続きに置いておきます。
自分で書いててなんですが、日本人にとってデリケートな話題ということもあって、全然楽しい話じゃないのでご注意を。





続き
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by teri-kan | 2012-04-25 13:19 | | Comments(2)

30歳ののび太とドラえもん

話題のトヨタの一連のCF、キャスティングが上手いというのもあるんだけど、のび太が免許取ってないっていうのがね、なんからしくていいなあって思いますね。
子供の頃から「どこでもドア」や「タケコプター」で自由自在に他力で移動してきた子が車の運転免許だなんて、確かに取ってるわけないですもんね。

ていうか「どこでもドア」は究極の最高アイテムで、私だってドラえもんの便利グッズの中で何が一番欲しいかと聞かれたら「どこでもドア」って答えますよ。
はっきり言ってこれに勝るものはないでしょ。
移動に時間を使わない。エネルギーも使わない。
CO2も増やさない。事故を起こす可能性もゼロ。
圧倒的に車は負けますよ。
だからドラえもんはさ、30歳になって「脱・どこでもドア」「脱・タケコプター」を宣言するのび太に言わなきゃダメなのよ。
「今の時代にたいした理由もないのにマイカーに乗るなんて自然保護に反してる」って。

と、ちょっとトヨタに対して皮肉を言ってみたりして。

トヨタはねえ、若い子に免許取って車買ってもらいたければ、自社の派遣社員を正社員にして安心してローン組める若者を増やすとか、そっちを頑張らないといけないんじゃないかな。
人員カット、給与カットばかりして高い車買ってもらおうとか、そりゃちょっと難しいんじゃない?って思っちゃうもんねえ。

まあ確かに昔の若者に比べたら今の子は車に情熱がないですよね。
昔は車と女は男の子にとって青春そのものだったのに。
でもCFののび太は女(しずかちゃん)のために車が欲しいと思うんだから、動機はかなり正しいんだ。正しいというのも変な言い方だけど、結局やっぱりそこなんだなあって感じ。

車ってやっぱり男の子にとって夢そのものじゃないといけないんでしょうね。
で、そんな夢である車とドラえもんがコラボしてるというのは、だからきっと正しいんだろうな。
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by teri-kan | 2011-11-27 02:14 | アニメ | Comments(0)

はやぶさの物語

昨夜のNHK-BSの「コズミックフロント」は面白かったですねー。
はやぶさの特集だったんですが、危機につぐ危機を見事乗り越えてミッション成功。帰還の3年延長やエンジン停止といったトラブルは知っていましたが、その具体的な経過や対処に、よくまあここまでやりとげたものだと大感動でした。

映画になるのもこれは当然、というか、下手な映画よりこの番組だけで十分な気がします。
いやもうね、最後大気圏突入で燃えちゃうところなんか、以前も映像で見ていたはずなのにウルウルしてしまいましたね。
あれは任務完了の輝かしい炎であったと思いますが、それまでのはやぶさの頑張りが頑張りだったために、なんかすっごくセンチメンタルな気分になって、地上にいる人達はもちろんものすごく努力なさったんだけど、はやぶさが一人(という言い方もおかしいが)宇宙で頑張った最後がこうだったんだなあと思うと、しみじみせずにはいられない最後の炎でした。

宇宙でのはやぶさの活躍はCGでわかりやすく説明されるし、はやぶさのおかげで明らかになった小惑星イトカワの実態も、素人向けにやさしく教えてくれます。宇宙のドラマとはやぶさをめぐる人々のドラマ、どちらもとても爽快。
ていうか、番組に出てくる先生方が皆うれしそうで楽しそうなのがおかしくて、確かに科学者としてイトカワの映像を解析し、粒子を調べて新たな発見をするということは、これ以上ない喜びなんでしょうね。
はやぶさを作った人達もすごいよねえ。
最後のエンジン停止の際のあれ、ホントにマンガみたいなストーリーだったなあ。

といった大感動の「コズミックフロント」のはやぶさストーリー、再放送もちゃんとあります。
今週金曜深夜24時。
まだ見ていらっしゃらない方は是非。
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by teri-kan | 2011-09-21 13:40 | 事件・出来事 | Comments(0)

テレビの行方

テレビ業界の意義を問うような出来事がここ最近続いています。
デモまでされてるフジテレビの偏向放送、反社会組織との癒着を暴かれた某司会者の引退、別の司会者からは「闇社会に解決してもらうことは普通に起こりえる云々」などといった発言も飛び出し、「テレビはここまで腐っているのか」という思いばかりが出てくる今日この頃です。

ちょっととりとめないかも
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by teri-kan | 2011-08-26 12:26 | その他のエンターテイメント | Comments(0)

「ふしぎなキリスト教」

社会学者の橋爪大三郎と大澤真幸による、対談形式キリスト教解説本。
講談社現代新書。





微妙な宗教のお話とか感想
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by teri-kan | 2011-08-02 11:32 | | Comments(0)

「広島学」

新潮文庫の新刊なのですが、帯の文章に目がとまって手にとってみました。
「なぜ、あそこまでカープを愛し、オタフク以外のソースを認めず、全国各地で県人会を作りまくるのか?」

県人会を作りまくってるというのには「あ、やっぱりそうなんだ」と思いました。北海道の自治体に名前がつけられたりとか海外移民が最も多いとか、広島人って本当に国内外問わずあちこちに出て、そして広島出身ということを大事にしてる感じなんですよね。

「広島学」を読んで一番「へえー」と思ったのは「広島人はラテン気質」ってところで、最初は「んなバカな」って感じだったんだけど、考えてみれば確かに楽観的で危機感にかける気質ではあるかなと思います。
本書に書かれてる「広島県から海外に移民した人たちには、明るい働き者が多かった」というのも、なんとなく感覚的にわかります。そりゃ皆さん御苦労されたと思うんだけど、うちのご先祖を振り返ってみたら、確かにそんな感じがするのです。
まあうちの先祖は移住じゃなくて出稼ぎだったんですが、生涯に二度あっちに稼ぎにいった人もいるし、ハワイから帰ってくるひいひいじいちゃんを横浜港までひいひいばあちゃんが迎えにいって、横浜から二人であちこち観光しながら広島まで帰ってきたとか、私が親から聞いてる話は楽しげなものばかりなんですね。
まあ向こうの苦労話を子や孫に話してないだけかもしれないけど、でもいろいろ聞いてたら確かに本書にあるように前向きな渡航だったようなんです。
まあひいひいじいちゃんやひいじいちゃんがラテン気質だったのかどうかはわからないけれど。

広島県は農耕地が少ないのは事実なんで、普通に語られる一般的な日本の農耕民とは確かにちょっと違った性質を持っているのかもしれません。農耕地が少ないくせに赤ちゃんを間引かない宗教的環境にあったというのは、考えてみたらなかなかすごいですけどね。

多分とても現実的なんですね。
楽観的と言われると同時に淡白とか、熱しやすく冷めやすいとか、いろいろ言われますが、きっと何より現実的なんだと思います。
なんていうかなあ、悲観的ではない現実主義者って感じ。現実主義だけど、でも別に諦めてるわけじゃないっていうか。
この辺は多分に温暖な気候が影響してるような感じがしますね。



さて、広島人が本当にラテン気質かどうかわかりませんが、ある意味ラテンな広島の人達をここでご紹介。Jリーグのファンならもうご存知であろうサンフレッチェ広島ユースのイタリアでの一コマです。
まあここまできたらラテンというより何だかよくわからない子なんですが。
今の子はすごいですねえ。




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by teri-kan | 2011-06-12 03:11 | | Comments(0)

子供は風の子

今でも使われている言葉だと思うのですが、私も子供の頃、親やおばあちゃんに「子供は風の子!」と言われていたと記憶しています。もちろん、こたつに根を生やして全然動こうとしなかった時とか、寒くて寒くて家でじーっとしている時とかに。

「子供は活発で寒風ふきすさぶ冬でも外で走り回るものだ」というのがこの言葉の言い表していることなのですが、寒くても外で遊ぶのが子供として当たり前というなら、寒くない春から秋なんて外に出ずっぱりでもいいくらいという話で、それこそ夏は毎日プールに通うのが正しい子供としてのあり方ということではないかと思います。(別に外に出たくない子は無理して出なくていいけど。)

放射能のせいで校庭や公園で遊べない福島県の子供達については、かねてから可哀想でしょうがなかったんだけど、この夏はプールも禁止ということで、いやもうこれは私だったら耐えられないなと思って、一体どうすればいいのか、私が考えてもしょうがないと思いつつも悶々と考えてしまいます。

戦時中のような学童疎開もアリかなあと思うけど、家族と一緒にいることと外で遊び回ることを天秤にかけたら、やっぱり家族一緒が最優先だろうし、簡単に「疎開すればいいんじゃないでしょうか」とも言えません。特に小学校低学年の子は難しいだろうし。
でも専門家によっては、子供はもっと避難区域を広げるべきだと言う人もいて、外で遊べない云々どころじゃなさそうな話もあります。
本当に、数ある報道、記事の何を信じればいいのかわからない状況なんですが、だからこそ全てを疑う視点に立ったならば、やっぱり子供だけはできるだけ原発から遠くへ避難させることが第一なのかなあとは思います。
親御さんにしてみれば大変辛いことと思いますが。

西日本では被災地から学校ごと移動できるように校舎や宿泊施設を整備した自治体がいくつかありますが、やはり距離的に遠いからか、本格化した話にはなっていないようです。
でも遠さを除外したら、条件的には中国、四国、九州地方はとてもいいんですよね。
「学校貸しますよ」と手をあげてる自治体は田舎で自然豊かなところが多いようだし、電力事情は中部以東に比べれば遥かに良いし、そしてなんといっても余震がない。
この先全く地震が起きないとは言わないけど、西日本は東日本に比べればもともと段違いに地震は少ないので、少なくとも揺れに怯えることはなくなるのではないかと思います。

だから子供が避難する場所としてはうってつけだと思うんですが、でも家族と離れる問題がね……。
当然のことながら先生方にも家族はあるし、皆さん3.11で恐い思いをした後だから尚更離れたくないでしょうしね。

どうするのが子供達にとって一番リスクの少ない選択になるのか、福島ではそれこそ寝る間も惜しんで考えられていると思うんですが、ホントにね、一体なんでこんなことになってしまったのだか。
震災から二ヶ月以上たっても原発に関しては割り切れない思いでいっぱいです。

外で目一杯遊びたいだろうなあと考えるにつけ、外で遊べない影響って一体どんな風にして出てくるんだろうと、ちょっと思ってしまいます。
自分が野山を駆け回って育った田舎の子だからですかねえ。
外に出られなくても健やかに育ってほしいなあと、ものすごく思います。
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by teri-kan | 2011-05-23 01:06 | 事件・出来事 | Comments(0)

福島県のイメージ

TVのニュース番組に出ていた福島県の年配男性のしゃべり方が西田敏行そっくりで驚きました。
今回の震災で初めて西田敏行が福島出身ということを知ったのですが、あの人の特徴的なしゃべり方は福島弁だったんですね。福島って温かいしゃべり方をするところなんですねえ。

西日本の自分にとって福島県は遠い土地で、「福島といわれて、さて、何を思い浮かべるか」と考えても、残念ながらステレオタイプなものしか浮かんできません。
真っ先に思いついたのは幕末から明治にかけての会津藩の悲劇で、これは昔のTVドラマの「白虎隊」のイメージが大きいのですが、福島県(というか会津)は大変苦労した歴史を持っている地域というイメージが、もうずっと頭の中ににこびりついています。

あのドラマは涙なしには観られなかったですよ。
で、歌がまたドラマの内容にピッタリでですね、最後に曲が流れてきた途端また涙涙なのですよ。
「もう少し時がゆるやかであったなら~」
堀内孝雄の「愛しき日々」。小椋桂の詞がいいんです。
もう随分前のドラマだし、歌もたまに流れてくるのを耳にするだけですが、「白虎隊」は今でも忘れられなくて、「福島→会津藩→白虎隊」という思考は未だ健在ですね。

あと福島で思い浮かべるものといえば、現在うちの地元県で活躍しているマラソンランナーの佐藤敦之。
とりあえず一番よく知ってる福島人が佐藤ということで、実は私の中では佐藤の性格が福島の人のイメージになってるところがあります。
真面目な努力家という性格ですね。いかにもコツコツ頑張る陸上選手って感じの。
実は福島県って良い長距離ランナーを結構輩出してるんですよね。箱根駅伝の「山の神」と「新・山の神」の両方ともが福島出身者っていうのもすごいし、黙々と山を登る姿は私の中ではすっかり福島のイメージ。耐えて頑張ることのできる辛抱強さそのものです。

ですが、だから現在のこの状況でも福島の人なら耐えられる、とはとても言えません。
むしろまたここの人達は大変な苦労を背負わなければならないのか、としか思えなくて、どう声をかけたらいいのかわからない。

例のドラマ「白虎隊」は、故郷を追われる会津藩の方々が、それでも生き残ったんだからと顔を上げて北へ向かうシーンで終わるんですが、彼らのその後が大変過酷だったのは知られている通りで、実は会津の人達に対する同情はそういったところからもきています。故郷をまるまる奪われるというのも辛いですが、過酷な土地で故郷を思う気持ちはどんなだっただろうと、想像するだけで胸が苦しくなるのです。
で、今まさに福島では放射能によって故郷を奪われようとしている人がたくさんいらっしゃるわけで、きっと二度と帰れないという方も数多く出てくるでしょう。
これは本当に辛いと思うんです。もうね、言葉なんてないですよ。



遠い西日本でも福島のことを考えよう!と思ってこうして書いたはいいけれど、なんか考えれば考えるほどしんみりしてしまうかも。
「辛抱」が真っ先に思い浮かんでしまうからかな……。
ああ、そういえば福島の名産とか美味しいものとか、そんなのも知らない……。

今までホント接点がなかったんだなあ……。
他の東北地方の県より知らなかったかもしれないと、今になって思いますね。
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by teri-kan | 2011-04-13 11:28 | 事件・出来事 | Comments(0)

原子力発電所

今日が山場とのコメントがTVのニュースで聞かれましたが、少しでも気持ちの安らぐ時が本当にこの先来るのでしょうか。

福島第一原発のニュースから連日目が離せなくて、しかし日々悪化していく状況に神経が疲れてきて現実逃避したくなり、とはいえ西日本の安全な場所に居てニュースを見ることさえ怖いというのも東日本の方々に申し訳なく、自分達も無関係ではないのだからとやはりニュースを見て気分を重くしている毎日です。
近郊に住んでいらっしゃる方々の不安と避難のストレスは相当なものと思いますし、現場で作業にあたっている方々も凄まじい状況の真っ只中。
ありとあらゆる人のために、せめてこれ以上深刻な事態にならないことを祈るばかりです。

それにしても、核燃料のパワーってすごいんですね……。
冷やしても冷やしても、ちょっと水が足りなくなっただけで、ぐんぐん温度が上がっていくなんて。
無知まるだしで言ってしまいますが、人間が何もしなくても熱を出し続けていくなんて、こんな時に不謹慎な言い方だけど、よほど大きなエネルギーなんだなあというか、この熱自体が電力になるんじゃないとしても、こりゃ核エネルギーに頼りたくなるのもわかるよなあと思いたくなるほどのすさまじさで、原子の働きとか核分裂のしくみとか、そんなものはさっぱりわかりませんが(高校時代の化学の成績は最悪だった)、とにかくエネルギーとして凄いものなんだと、それだけは日々のニュースで痛いほどわかりました。
でも人間が制御できないそれって一体なんだろうという思いは当然出てくるわけで。
電力が停止したから人間にはコントロール出来ませんとか、放っておいたら勝手に暴走するとか、そんなシロモノ存在していいのか?とか、やっぱり思うわけです。
しかも福島第一だけで6つも原子炉があって、それがそろいもそろって危機的状況って、一体なんでそんなに一箇所にたくさんあるんだ?
そんなに電力がいるのか?東京電力。
東京、電気の使いすぎじゃないの?

東京自体も、非常に落ち着かない日々が続いています。
今回東京は地震の揺れに強いことは証明しましたが、電力不足に陥った際の脆弱さを見事に露呈してしまって、計画停電に翻弄される様をTVで見ていると、「やっぱり集中しすぎだよねえ」とどうしても思ってしまいます。
仮にこのまま福島の危機が落ち着いたとしても原発の立場は厳しくなるだろうし、そうなると東京の電力はずっと不足のままだろうし、一体これからどうなるんでしょうか。
もしかして首都機能一部移転?
広がった放射能の問題が深刻だったら、その方向に話が加速していったりするのかな。
うーん。なんかもう、話が大きすぎて想像がつきません。

これからのエネルギー政策どうなるんだろう。
毎日ニュースを見て、今になって原発の仕組みに詳しくなったけど、「詳しくなった時が日本の原発の最期の時でした」というのも何とも虚しいものがあります。
原発が真に安全なら全然問題ないのですけどねえ。
でもニュースを見ていたらしみじみ思います。やっぱりこれは悪魔の技術だよなって。
悪魔の技術の産物をなんとか封じ込めようと最前線で頑張ってる生身の作業員には頭が下がりますが、でもそれって人間のやることか?と思ってしまうのはどうしようもない。
人間が作ったものだから人間が無に帰すべきではありますが、そもそも無にならない物質だし、んー、やっぱり考えれば考えるほど存在しちゃいけないもののような気がしてくるな。
でも電気がたくさんないと現代人は現代人らしく生きていけないし。

あー、難しいです。



まあそんなことを議論できるようになるためにも、今そこにある危機をとにかく収束させることが急がれるわけですが、本当に実際のところはどうなんでしょう。
相当ヤバイことは覚悟してるんですが……。

今一番何が問題って、国民の誰一人として東電と保安院を信用してないことなんですよね。
彼らの隠蔽体質は既に知られてることではあるけれど、それが原因で取り返しのつかない事態に陥ったなんてことだけは起こらないように、なんとかそれだけは避けてもらえるよう決断すべき時はきっちり決断してもらいたいと思います。
福島の人はなんとか助けてあげて。
見殺しにしたらそれこそ原発も東電も終わるよ。
東電幹部や原発推進派のエラい人が運転してでも避難場所へ物資を運ぶくらいの覚悟、今こそ見せてもらいたいものです。
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by teri-kan | 2011-03-17 16:24 | 事件・出来事 | Comments(0)