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テレビの行方

テレビ業界の意義を問うような出来事がここ最近続いています。
デモまでされてるフジテレビの偏向放送、反社会組織との癒着を暴かれた某司会者の引退、別の司会者からは「闇社会に解決してもらうことは普通に起こりえる云々」などといった発言も飛び出し、「テレビはここまで腐っているのか」という思いばかりが出てくる今日この頃です。

ちょっととりとめないかも
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by teri-kan | 2011-08-26 12:26 | その他のエンターテイメント | Comments(0)

「ふしぎなキリスト教」

社会学者の橋爪大三郎と大澤真幸による、対談形式キリスト教解説本。
講談社現代新書。





微妙な宗教のお話とか感想
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by teri-kan | 2011-08-02 11:32 | | Comments(0)

「広島学」

新潮文庫の新刊なのですが、帯の文章に目がとまって手にとってみました。
「なぜ、あそこまでカープを愛し、オタフク以外のソースを認めず、全国各地で県人会を作りまくるのか?」

県人会を作りまくってるというのには「あ、やっぱりそうなんだ」と思いました。北海道の自治体に名前がつけられたりとか海外移民が最も多いとか、広島人って本当に国内外問わずあちこちに出て、そして広島出身ということを大事にしてる感じなんですよね。

「広島学」を読んで一番「へえー」と思ったのは「広島人はラテン気質」ってところで、最初は「んなバカな」って感じだったんだけど、考えてみれば確かに楽観的で危機感にかける気質ではあるかなと思います。
本書に書かれてる「広島県から海外に移民した人たちには、明るい働き者が多かった」というのも、なんとなく感覚的にわかります。そりゃ皆さん御苦労されたと思うんだけど、うちのご先祖を振り返ってみたら、確かにそんな感じがするのです。
まあうちの先祖は移住じゃなくて出稼ぎだったんですが、生涯に二度あっちに稼ぎにいった人もいるし、ハワイから帰ってくるひいひいじいちゃんを横浜港までひいひいばあちゃんが迎えにいって、横浜から二人であちこち観光しながら広島まで帰ってきたとか、私が親から聞いてる話は楽しげなものばかりなんですね。
まあ向こうの苦労話を子や孫に話してないだけかもしれないけど、でもいろいろ聞いてたら確かに本書にあるように前向きな渡航だったようなんです。
まあひいひいじいちゃんやひいじいちゃんがラテン気質だったのかどうかはわからないけれど。

広島県は農耕地が少ないのは事実なんで、普通に語られる一般的な日本の農耕民とは確かにちょっと違った性質を持っているのかもしれません。農耕地が少ないくせに赤ちゃんを間引かない宗教的環境にあったというのは、考えてみたらなかなかすごいですけどね。

多分とても現実的なんですね。
楽観的と言われると同時に淡白とか、熱しやすく冷めやすいとか、いろいろ言われますが、きっと何より現実的なんだと思います。
なんていうかなあ、悲観的ではない現実主義者って感じ。現実主義だけど、でも別に諦めてるわけじゃないっていうか。
この辺は多分に温暖な気候が影響してるような感じがしますね。



さて、広島人が本当にラテン気質かどうかわかりませんが、ある意味ラテンな広島の人達をここでご紹介。Jリーグのファンならもうご存知であろうサンフレッチェ広島ユースのイタリアでの一コマです。
まあここまできたらラテンというより何だかよくわからない子なんですが。
今の子はすごいですねえ。




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by teri-kan | 2011-06-12 03:11 | | Comments(0)

子供は風の子

今でも使われている言葉だと思うのですが、私も子供の頃、親やおばあちゃんに「子供は風の子!」と言われていたと記憶しています。もちろん、こたつに根を生やして全然動こうとしなかった時とか、寒くて寒くて家でじーっとしている時とかに。

「子供は活発で寒風ふきすさぶ冬でも外で走り回るものだ」というのがこの言葉の言い表していることなのですが、寒くても外で遊ぶのが子供として当たり前というなら、寒くない春から秋なんて外に出ずっぱりでもいいくらいという話で、それこそ夏は毎日プールに通うのが正しい子供としてのあり方ということではないかと思います。(別に外に出たくない子は無理して出なくていいけど。)

放射能のせいで校庭や公園で遊べない福島県の子供達については、かねてから可哀想でしょうがなかったんだけど、この夏はプールも禁止ということで、いやもうこれは私だったら耐えられないなと思って、一体どうすればいいのか、私が考えてもしょうがないと思いつつも悶々と考えてしまいます。

戦時中のような学童疎開もアリかなあと思うけど、家族と一緒にいることと外で遊び回ることを天秤にかけたら、やっぱり家族一緒が最優先だろうし、簡単に「疎開すればいいんじゃないでしょうか」とも言えません。特に小学校低学年の子は難しいだろうし。
でも専門家によっては、子供はもっと避難区域を広げるべきだと言う人もいて、外で遊べない云々どころじゃなさそうな話もあります。
本当に、数ある報道、記事の何を信じればいいのかわからない状況なんですが、だからこそ全てを疑う視点に立ったならば、やっぱり子供だけはできるだけ原発から遠くへ避難させることが第一なのかなあとは思います。
親御さんにしてみれば大変辛いことと思いますが。

西日本では被災地から学校ごと移動できるように校舎や宿泊施設を整備した自治体がいくつかありますが、やはり距離的に遠いからか、本格化した話にはなっていないようです。
でも遠さを除外したら、条件的には中国、四国、九州地方はとてもいいんですよね。
「学校貸しますよ」と手をあげてる自治体は田舎で自然豊かなところが多いようだし、電力事情は中部以東に比べれば遥かに良いし、そしてなんといっても余震がない。
この先全く地震が起きないとは言わないけど、西日本は東日本に比べればもともと段違いに地震は少ないので、少なくとも揺れに怯えることはなくなるのではないかと思います。

だから子供が避難する場所としてはうってつけだと思うんですが、でも家族と離れる問題がね……。
当然のことながら先生方にも家族はあるし、皆さん3.11で恐い思いをした後だから尚更離れたくないでしょうしね。

どうするのが子供達にとって一番リスクの少ない選択になるのか、福島ではそれこそ寝る間も惜しんで考えられていると思うんですが、ホントにね、一体なんでこんなことになってしまったのだか。
震災から二ヶ月以上たっても原発に関しては割り切れない思いでいっぱいです。

外で目一杯遊びたいだろうなあと考えるにつけ、外で遊べない影響って一体どんな風にして出てくるんだろうと、ちょっと思ってしまいます。
自分が野山を駆け回って育った田舎の子だからですかねえ。
外に出られなくても健やかに育ってほしいなあと、ものすごく思います。
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by teri-kan | 2011-05-23 01:06 | 事件・出来事 | Comments(0)

福島県のイメージ

TVのニュース番組に出ていた福島県の年配男性のしゃべり方が西田敏行そっくりで驚きました。
今回の震災で初めて西田敏行が福島出身ということを知ったのですが、あの人の特徴的なしゃべり方は福島弁だったんですね。福島って温かいしゃべり方をするところなんですねえ。

西日本の自分にとって福島県は遠い土地で、「福島といわれて、さて、何を思い浮かべるか」と考えても、残念ながらステレオタイプなものしか浮かんできません。
真っ先に思いついたのは幕末から明治にかけての会津藩の悲劇で、これは昔のTVドラマの「白虎隊」のイメージが大きいのですが、福島県(というか会津)は大変苦労した歴史を持っている地域というイメージが、もうずっと頭の中ににこびりついています。

あのドラマは涙なしには観られなかったですよ。
で、歌がまたドラマの内容にピッタリでですね、最後に曲が流れてきた途端また涙涙なのですよ。
「もう少し時がゆるやかであったなら~」
堀内孝雄の「愛しき日々」。小椋桂の詞がいいんです。
もう随分前のドラマだし、歌もたまに流れてくるのを耳にするだけですが、「白虎隊」は今でも忘れられなくて、「福島→会津藩→白虎隊」という思考は未だ健在ですね。

あと福島で思い浮かべるものといえば、現在うちの地元県で活躍しているマラソンランナーの佐藤敦之。
とりあえず一番よく知ってる福島人が佐藤ということで、実は私の中では佐藤の性格が福島の人のイメージになってるところがあります。
真面目な努力家という性格ですね。いかにもコツコツ頑張る陸上選手って感じの。
実は福島県って良い長距離ランナーを結構輩出してるんですよね。箱根駅伝の「山の神」と「新・山の神」の両方ともが福島出身者っていうのもすごいし、黙々と山を登る姿は私の中ではすっかり福島のイメージ。耐えて頑張ることのできる辛抱強さそのものです。

ですが、だから現在のこの状況でも福島の人なら耐えられる、とはとても言えません。
むしろまたここの人達は大変な苦労を背負わなければならないのか、としか思えなくて、どう声をかけたらいいのかわからない。

例のドラマ「白虎隊」は、故郷を追われる会津藩の方々が、それでも生き残ったんだからと顔を上げて北へ向かうシーンで終わるんですが、彼らのその後が大変過酷だったのは知られている通りで、実は会津の人達に対する同情はそういったところからもきています。故郷をまるまる奪われるというのも辛いですが、過酷な土地で故郷を思う気持ちはどんなだっただろうと、想像するだけで胸が苦しくなるのです。
で、今まさに福島では放射能によって故郷を奪われようとしている人がたくさんいらっしゃるわけで、きっと二度と帰れないという方も数多く出てくるでしょう。
これは本当に辛いと思うんです。もうね、言葉なんてないですよ。



遠い西日本でも福島のことを考えよう!と思ってこうして書いたはいいけれど、なんか考えれば考えるほどしんみりしてしまうかも。
「辛抱」が真っ先に思い浮かんでしまうからかな……。
ああ、そういえば福島の名産とか美味しいものとか、そんなのも知らない……。

今までホント接点がなかったんだなあ……。
他の東北地方の県より知らなかったかもしれないと、今になって思いますね。
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by teri-kan | 2011-04-13 11:28 | 事件・出来事 | Comments(0)

原子力発電所

今日が山場とのコメントがTVのニュースで聞かれましたが、少しでも気持ちの安らぐ時が本当にこの先来るのでしょうか。

福島第一原発のニュースから連日目が離せなくて、しかし日々悪化していく状況に神経が疲れてきて現実逃避したくなり、とはいえ西日本の安全な場所に居てニュースを見ることさえ怖いというのも東日本の方々に申し訳なく、自分達も無関係ではないのだからとやはりニュースを見て気分を重くしている毎日です。
近郊に住んでいらっしゃる方々の不安と避難のストレスは相当なものと思いますし、現場で作業にあたっている方々も凄まじい状況の真っ只中。
ありとあらゆる人のために、せめてこれ以上深刻な事態にならないことを祈るばかりです。

それにしても、核燃料のパワーってすごいんですね……。
冷やしても冷やしても、ちょっと水が足りなくなっただけで、ぐんぐん温度が上がっていくなんて。
無知まるだしで言ってしまいますが、人間が何もしなくても熱を出し続けていくなんて、こんな時に不謹慎な言い方だけど、よほど大きなエネルギーなんだなあというか、この熱自体が電力になるんじゃないとしても、こりゃ核エネルギーに頼りたくなるのもわかるよなあと思いたくなるほどのすさまじさで、原子の働きとか核分裂のしくみとか、そんなものはさっぱりわかりませんが(高校時代の化学の成績は最悪だった)、とにかくエネルギーとして凄いものなんだと、それだけは日々のニュースで痛いほどわかりました。
でも人間が制御できないそれって一体なんだろうという思いは当然出てくるわけで。
電力が停止したから人間にはコントロール出来ませんとか、放っておいたら勝手に暴走するとか、そんなシロモノ存在していいのか?とか、やっぱり思うわけです。
しかも福島第一だけで6つも原子炉があって、それがそろいもそろって危機的状況って、一体なんでそんなに一箇所にたくさんあるんだ?
そんなに電力がいるのか?東京電力。
東京、電気の使いすぎじゃないの?

東京自体も、非常に落ち着かない日々が続いています。
今回東京は地震の揺れに強いことは証明しましたが、電力不足に陥った際の脆弱さを見事に露呈してしまって、計画停電に翻弄される様をTVで見ていると、「やっぱり集中しすぎだよねえ」とどうしても思ってしまいます。
仮にこのまま福島の危機が落ち着いたとしても原発の立場は厳しくなるだろうし、そうなると東京の電力はずっと不足のままだろうし、一体これからどうなるんでしょうか。
もしかして首都機能一部移転?
広がった放射能の問題が深刻だったら、その方向に話が加速していったりするのかな。
うーん。なんかもう、話が大きすぎて想像がつきません。

これからのエネルギー政策どうなるんだろう。
毎日ニュースを見て、今になって原発の仕組みに詳しくなったけど、「詳しくなった時が日本の原発の最期の時でした」というのも何とも虚しいものがあります。
原発が真に安全なら全然問題ないのですけどねえ。
でもニュースを見ていたらしみじみ思います。やっぱりこれは悪魔の技術だよなって。
悪魔の技術の産物をなんとか封じ込めようと最前線で頑張ってる生身の作業員には頭が下がりますが、でもそれって人間のやることか?と思ってしまうのはどうしようもない。
人間が作ったものだから人間が無に帰すべきではありますが、そもそも無にならない物質だし、んー、やっぱり考えれば考えるほど存在しちゃいけないもののような気がしてくるな。
でも電気がたくさんないと現代人は現代人らしく生きていけないし。

あー、難しいです。



まあそんなことを議論できるようになるためにも、今そこにある危機をとにかく収束させることが急がれるわけですが、本当に実際のところはどうなんでしょう。
相当ヤバイことは覚悟してるんですが……。

今一番何が問題って、国民の誰一人として東電と保安院を信用してないことなんですよね。
彼らの隠蔽体質は既に知られてることではあるけれど、それが原因で取り返しのつかない事態に陥ったなんてことだけは起こらないように、なんとかそれだけは避けてもらえるよう決断すべき時はきっちり決断してもらいたいと思います。
福島の人はなんとか助けてあげて。
見殺しにしたらそれこそ原発も東電も終わるよ。
東電幹部や原発推進派のエラい人が運転してでも避難場所へ物資を運ぶくらいの覚悟、今こそ見せてもらいたいものです。
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by teri-kan | 2011-03-17 16:24 | 事件・出来事 | Comments(0)

海に囲まれた地震大国

まずは、東日本大震災で被災された方々に心からのお見舞いとお悔やみを申し上げます。
私に出来ることはわずかですが、義援金の募金と日々の節電は行いたいと思っています。
救助に当たっている方々は当然、原発の現場で体張って働いている方々も心から応援しています。
現状は大変厳しそうですが、どうか頑張って下さい。

未曾有の災害に襲われた日本に対する国連のコメント「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」.の言葉を聞いて、つくづく日本は自然災害大国なのだと思い知りました。
ノウハウがある分災害にあった国々をこれまで最大限に援助してきましたが、今回数多くの自然災害の中でも最大級の天災にあってしまって、正真正銘の自然災害大国を証明した形となりました。

やっぱり津波は恐ろしい。
地震はもちろん火山の噴火、台風、日本はいろいろ経験しているし、それぞれそれなりに対処もしてきたけれど、津波だけは今回もどうにもなりませんでした。
ありとあらゆる天災の中で最悪は津波だと考えれば、そういえば世界のあちこちで見られる人類の終わりの神話も洪水が多いということに辿りつきます。「ギルガメッシュ叙事詩」とか洪水伝説は多いけど、全てを飲み込む水に最も恐怖するというのは、古今東西問わず人類に共通するものなのかもしれません。

日本は海と山の距離が近くて大雨による洪水がしょっちゅう起こるし、周囲全部が海だから津波や高潮に飲み込まれたりとか、普段から水・海の災害がとても多い。でもその一方で、日本はキレイな水と豊かな海の恩恵を世界中で最も受けている国の一つで、それがあるからこその日本だったりする。日本人は海の恐さもありがたさも心底知り尽くしている国民で、日本列島に住み着いた時から生きるも死ぬも海と一緒、海と共存共栄してきた民族なんですよね。
海との近しさ、海に生きる動物や魚との近しさは、そういう長年の関係から培ってきたもので、多分そういう風に育ってない国の人達には完全には理解できないものかもしれません。もしかしたら日本人も上手く外国人には説明できないんじゃないかな。アイスランドとか、漁業の盛んな島国の人ならわかってもらえるかもしれませんが。
だから、例えば捕鯨問題について「食文化だから」といった程度にしか日本人も鯨への思い入れを説明できなかったりするけど、多分それだけの問題じゃないんですね。恐ろしさも受け入れつつ海と生きてきた歴史とか、地震と津波に翻弄されて、それでも立ち上がってきた島国の民族としてのDNAとか、鯨やイルカの問題へのある種の日本人の心情的なかたくなさは、そういったものを抜きにしては語れないような気がします。
日本人にとって海は、おそらく良い面も悪い面も、そこに生きる生物も含めて、非常に特別なものなんですよ。

なんでこんなに海について考えるかというと、震度7でさえ死ななかった人達や倒れなかった建物が、津波によって簡単に壊され殺されてしまったという、海の恐ろしさに対する無力感がハンパないからなのですが、でもだからといってスイスのような内陸国がうらやましいかと聞かれたら「それはちょっと」と思ってしまうし、災害だらけの国土でもやっぱりここがいいんです。

外国メディアが地震発生後の日本人の冷静さを称えていますが、やっぱり日本は自然災害に慣れていて、ああいう時に人間の動物としてのエゴをむき出しにしたって仕方ないこと知ってるし、それが事態を悪くするだけなことも知ってるし、そこで慌てたら人間は自然に完全に負けてしまうということもおそらく知っている。
本当の意味で強い民族だなと、同じ日本人ながら思いますよ。
だから自然災害対策として長年培ってきた日本人的な秩序や団結力が世界の多方面で有効だということは、考えてみれば当たり前のことなんでしょう。多分地球上で生きていく上でこれ以上に必要なことはないんじゃないでしょうか。
助け合いや思いやりがなければ自然災害多発国で人間は到底生きていけないわけだけど、それって結局地球全体にも言えるんじゃないかな。

被災された方々をTVで見ていると涙なしではいられないし、自然を相手にして想定内なんてことは一つもないのだと、今は無力感でいっぱいですが、それでも立ち上がらなければいけません。
これまでも歩んできた道なのだから、次も国をあげて努力すればきっとなんとかなるはず。
次は復興大国な日本ということで、みんな頑張っていきましょう。

で、東電と政府には早くこの混乱をどうにかしてもらって、いろいろと落ち着いた頃にきちんと責任をとってもらいましょう。
被災地の皆さん、本日大混乱の東京の皆さん、頑張って下さい。
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by teri-kan | 2011-03-14 15:37 | 事件・出来事 | Comments(0)

東北地方太平洋沖地震

被災された方々にはかける言葉もありません。
今現在もあちこちで火事が起きていて、映像を見るだけで震えが起こります。

東京、仙台の親戚・身内とは夕方に連絡がとれて、とりあえず安心したのですが、仙台は夜の間も刻々と状況が変わっているので、心配がぶりかえしています。
朝が来るまで心配が続くでしょうが、明るい中で惨状を目にするのも恐いような気がして、結局どちらにしても落ち着かない。
恐ろしいことです。

津波の凄まじさを今回は心底思い知らされました。
スマトラ沖の津波の映像は何度も見ましたが、今回のはそれを上回る衝撃で、こんな風に上空から撮ったものってもしかして初めて? 
すごすぎて現実の光景かどうなのかわからなくなるくらいです。

大船渡市の中学生23人は皆無事だったんですね。よかった!(日テレ情報)

少しでも多くの命に助かってもらいたいです。
救助を待っている方、救助活動にあたっている方々には、なんとかこの夜を乗り切って、明日を迎えてもらいたい。
頑張って下さいとしか言いようがないのが悲しいですが、でも頑張って下さい。
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by teri-kan | 2011-03-12 02:50 | 事件・出来事 | Comments(0)

「白川静 漢字の世界観」

松岡正剛著。平凡社新書。

先日読んだ「日本辺境論」は、辺境人を説明するためにいろんな方の言葉や業績が文章中に紹介されているのですが、その中の一人が白川静。知ってる人は知っている、漢字の大先生です。

私が初めてこの方を知ったのはとても遅くて、なんとお亡くなりになった時。大きな知性が失われた、といった新聞の記事ででした。
へえ、どんな人だったんだろうと思いつつそのままにしていたら、昨年そんな初心者にもうってつけの本が出て、それが本作「白川静 漢字の世界観」だったのでした。
内容は、漢字の成り立ち、その呪術的な意味、それを使う人々の世界観……先生がどういった経緯でそれらを解き明かし、仕事を積まれていったか、そういった諸々が書かれています。

とにかく読んでて感動することしきりで、特に漢字一つ一つの由来と意味については、もう頭の中の雲がぱーっと晴れていくかのようで、久しぶりに脳が知的に刺激されたとしか言いようがありませんでした。
こんな世界があったのかと、面白くて面白くてしょうがなかったですねえ。

すぐに当の先生の著書「漢字」も購入したのですが、毎日の生活でバタバタしているうちになぜだか行方不明に(涙)。買い直すのもためらわれるので結局そのままになっているのですが、「日本辺境論」に登場してきたせいで、またむくむくと読みたい病が起こっています。



とにかく面白い。
漢字の世界ってすごいのです。
読んだ事のない方には絶対オススメです。




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by teri-kan | 2009-12-21 10:50 | | Comments(0)

「日本辺境論」

著者は内田樹。新潮新書。

初めてこのタイトルを見た時「わ、売れそうな本」と思って、著者名を見て「これ絶対売れるだろ」と思って、で、実際売れてるらしいのですね。
買おうかどうか迷ったけど、自虐にも礼賛にも偏ってなさそうな感じがしたので一応購読したのですが、とりあえずその勘は当たっていました。



辺境人は辺境人でいいじゃないか、欠点も多いけどこうでしか生きられないんだから、という趣旨の内容は、多分多くの日本人の肩から力を落とさせてくれると思うのだけど、一方でちょっと暗い気持ちにもなりました。

辺境に対する真ん中とはもちろん中国のことなのですが、以前中国を特集したTV番組を見ていて、中国人の大国意識をまざまざと見せ付けられたことがあるんですよね。
で、その時思ったのです。中国人が日本人の戦争をいつまでも許さないのは、日本が酷いことをしたせいもあるけど、そもそも小さな辺境国が自分達を攻めたという、そのこと自体が気に入らないのだなと。だからどれだけ謝っても許されることは決してないんだろうなあと。

「日本辺境論」を読んでいて暗澹とした気分になったのは、中国に対して思ったそれが韓国にも当てはまるとわかったことで、かつての日本がアホだったとはいえ、辺境国とはかくも立場の弱い国なのかと、実はかなりガッカリきたのでした。
本作は日本人が辺境人特有の思考から逃れられないことを繰り返し説明するのですが、日本がそうであるなら中国や韓国の「自分達は日本より優位の国である」という意識も未来永劫変わることはないということで、真に対等になれるなんて、この先絶対にないってことなんですよねえ。



まあそれはともかく、そんな日本の過去の戦争についても、なぜ当時の軍部は暴走したのかという説明を本作はしてくれるのですが、その内容を正しく理解できるのはおそらく日本人だけでしょう。

空気。その曖昧にして確固たるもの。

いやあ、読んでてこれまたガックリくるくらい日本人ってホントに日本人だなあとしみじみしてしまうのですが、「お国のために」と戦争に駆り出された方々、空襲に合われた方々に一体どう顔向けすればいいのか、「空気のせいで死んだんだよ」なんてとても言えません。

そんな「辺境人」であるがための負の部分はもちろん、逆に良いところも本作には書かれているのですが、特に日本人の「知りたがり屋」「勉強したがり屋」な面についての説明は興味深かったですね。日本人にとってどれだけ「学ぶ」ことが大事か、ちょっと難解な説明ではありますが丁寧に書かれてあって、「日本語」の特殊性のくだりと合わせてとても面白く読ませてもらいました。



辺境人の作り上げた、辺境人を辺境人足らしめる最大のもの「日本語」を大事にして、これからも辺境人らしく向上心を持って頑張ろう!
……というような結論でいいのかな。

辺境という「世界の果てのどん詰まり国家」のアレコレは、当の本人達にとっても摩訶不思議だったりするのですが、それがわかりやすく解説されてて面白かったです。


内田氏の著作、他にも読んでみようかな。
実は「橋本治と内田樹」しか読んだことないんですが、ちょっとそんな気になった「日本辺境論」でありました。




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by teri-kan | 2009-12-15 10:48 | | Comments(0)