「エメラルドの指輪」

偕成社「ルパン最後の事件」所収の短編。

アルセーヌ・ルパン話で盛り上がる女性達の中で、やけに彼に詳しい公爵夫人が、友人達に請われて過去のルパンとのちょっとした関わりを話して聞かせるという物語。
事件絡みで知ったルパン(というかバーネットの代理探偵のデンヌリ)の人となりと、その指輪盗難事件のいきさつがとても興味深いお話です。

その過去話ではルパンの底意地の悪さが全開で、読んでて「ロクでもないな、この男」という感想を持たずにはいられないのだけれど、ではその最低男ぶりとはどんなものなのか、思ったことをつらつらと書いてみたいと思います。






そもそも指輪がバッグにあること早い時点でわかっていたのなら、さっさとそう言えば良かったって話なんですよ。ニッコリ笑って「奥様、ウッカリされてたんですね」で済ませば、彼女の名誉も青年の名誉も守られた。
これがあるべき紳士の振る舞いで、わかってもわからないフリをしてあげる優しさとはこういうところで発揮すべきなんですよ。

なのにルパンってば全然容赦ないんですよね……。

わざわざ呼ばれてここまで出張ってきたんだから、何か波風起こさないと気がすまないというか、そもそもバーネットとして依頼を受けたのだから何かくすねるのは絶対条件というか、そういう面白がってる心が見え見えで、で、この場合くすねるものの候補として彼が挙げたであろうものがエメラルドの指輪、そして公爵夫人本人。

どの時点で夫人にターゲットを定めたか定かじゃないけど、案外電話を受けた時点からかもしれないと思うのは、現場に来るのにわざわざ代理のデンヌリに扮しているから。
あれね、バーネットじゃ後々夫人と関係を持った時に都合が悪い、と考えたとしか思えないんですよね。公爵夫人の相手なら男爵だよなって。
じゃないと代理をたてる意味ないもん。本人、電話ではバーネットとして依頼を受けているのに。

多分夫人が好みに合わなければ指輪にターゲット変更したんだろうけど、夫人は美人で素敵だったので、ああいう感じの真相解明方法にしたんだと思います。いい雰囲気を作り、手も触りまくりで、彼女の心を丸裸にしたところで、事件の核心を暴く。

ただ、この暴き方が全く身も蓋もない……。


公爵夫人、自分の心のイヤな部分を暴露されて、本当に屈辱だったし腹が立ったと思う。私だったら当の青年を前にしていたたまれないし、穴があったら入りたい気持ちになったと思う。
でも青年の方は既にもう問題じゃなくて、夫人にとっては自分に恥をかかせた男だけに問題があって、で、男の方はですね、きっと後で夫人に言い寄ってるはずなんですね。そして夫人もそれに応えていると思うんです。

彼女がかいた恥は彼女とルパンの間だけのものであって、ルパンとの関係でしか解消できない。自分の恥をチャラにするにはそれ以上の恥知らずな行為を彼がすればいいのであって、その恥知らずな行為を受け入れればそれで相殺される。
うー、なんか説明しにくいし、上手く言葉に出来ないのがもどかしいのだけど、夫人が受けた侮辱はそういった感じで解決されたのではないかと。相手のそういった部分を受け入れた者同士の関係を作ってしまえばそれで収まるというか。

で、おそらく彼女もルパンもその関係を楽しんだ。ていうか、下手したら結構それなりに続いた関係だったのではないかと思う。
公爵夫人の謎の私生活は物語の最初で説明されるんだけど、あの書きぶりはルパンとの関わりをうかがわせるのに十分で、時折見せた夫人の無言は肯定と同じ意味だったんじゃないかなあ。


一方、夫人との仲を進展させる矢先にこんな事になってしまった青年は気の毒でした。彼の気持ちをわかった上でルパンはああいう方法とったはずだから、言うなれば夫人を横取りしたわけなんだけど、当然青年に悪いとか思っているはずもなく、はっきりいって終始眼中にないといった態度。

酷い男ですよねえ……。

青年を侮辱するのに間に夫人をかますとか、ちょっとなんかイヤじゃないですか?
私はルパンのこと好きだからいいけれど、そうでない人は絶対イヤでしょ、こんな男。
ロクでもないし、怖いよ。

でも公爵夫人が彼に落ちた理由もすごくわかるんですよね……。

おそらくこの手のことを繰り返して、ルパンはかなりの数のご婦人をモノにしてると思うんだ。
しかも恥を絡ませるにしろ利害を絡ませるにしろ、他の誰かに言いにくい状態にして、女に口を割らせない。だからあんまり表沙汰にならない。
人の後ろ暗いところを突くのが悪魔的に上手いんです、この男。
でもその後のフォローはきっともっと上手いんだ。だから女の方もそれでいいと思えるし、なぜか満足しちゃう。

怖い男ですねえ……。



表に出てないルパンのこの手の話、多分ゴマンとあるのだと思います。「エメラルドの指輪」はそれを想像させるのに十分な物語で、なんてことない話だけど非常に興味深い。

もちろん公爵夫人の言葉を額面通り受け取って、夫人とルパンの関係はあれで終わりと考えてもいいのだけど、それじゃあまりにもつまらないので、私は「深い関係になり、それはしばらく続いた」説を取りたいと思います。

こういう話はあれこれ詮索して面白がるに限るんです。本作でご婦人方がルパンを肴にあーだこーだと会話に花を咲かせているけれど、すごく彼女達の気持ちがわかりますね。

彼女らと読者は一緒。
そういうところ、上手く出来てる話だと思います。
[PR]
by teri-kan | 2009-05-28 11:26 | アルセーヌ・ルパン | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< ルパンの正しい薦め方 「赤い数珠」 >>