「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」(1983)

エピソードⅥ。映画ではこれが「スター・ウォーズ」の最後の物語になります。

クマをOKと思えるかどうかで評価が分かれる作品かもしれません。彼らが登場した意味はわかりすぎるくらいわかるけど(基本「アバター」と同じですね)、ぬいぐるみにしか見えない人もそりゃいるだろうと思います。
まあ確かにあれはぬいぐるみだもんねえ……。

エピソードⅠからお馴染みだったキャラの多くが本作で姿を消します。ジャバ、ボバ・フェット、ヨーダ、そして皇帝とダース・ベイダー。
皇帝はいろいろとすごいんですが、何が一番すごいって本作も新三部作も全てイアン・マクダーミドが演じてるということ。エピソード123はいいとして、本作に既にあんな顔で出ていたっていうのがすごすぎ。
「スター・ウォーズ」成功の理由にこの皇帝があるのは絶対なんですが、にしてもいい仕事してますねえ。

エピソード順に見て一番見方が変わったのはクライマックス部分かもしれません。ベイダーの改心が非常にわかりやすくなりました。彼がなんでダークサイドに堕ちたのか、ルークがなぜ堕ちなかったのかも、図式的に理解できるようになりました。

ルークが皇帝からビリビリ攻撃を受けてる時(あれはなんていう名の技なんでしょうか)、多分ベイダーは一人の有能なジェダイがかつてあの攻撃で殺されてしまったことを思い出したんじゃないかと思います。
自分がダークサイドに堕ちる決定的な出来事となった、メイス・ウィンドゥ殺害の件ですね。

アナキンはあの時自分がしでかしたことにショックを受けていたけれど、後悔することは決してなかったでしょう。というか、したくても出来なかった。したってしょうがないことだし、したらその後生きていく事も無理だった。
でもベイダーがアナキンに戻ろうとするなら、やっぱりあの時あんな行動をとった自分を振り返らなければならないはずで、で、なんであんなことしちゃったのかというと、今更だけどパドメを失いたくなかったからなんですよね。
最強になることが目的だったわけじゃない、愛する人を守るために最強になりたかった。
肝心なそこんとこ、自分がダークサイドに堕ちた理由というものをきちんと自分で認識し直すことがまずベイダーには必要なんです。

愛するものを失いたくないという感情は人間にとって最も切実。だからこそシスはそこに付け込むわけだし、実際レイアの身に危険が及ぶかもしれないとなると、ルークは怒りにまかせてベイダーにライトセーバーを叩きつけ、その腕を切り落とすことまでやってのける。
怒りというのはそれほどまでに人に力を与えるもので、でもシスが決定的にわかってなかったのは、相手を傷つけることまでやってのける怒りとか衝動とかいうものも、その大元にあるのは愛するものを守りたいという気持ちであって、愛自体は時にそれ以上の予測のつかないこともやってのけるということなんです。

怒りを呼び起こすものが愛からきているのなら愛に帰ればいいだけで、アナキンにとってそれは妻の産んだ息子だったってことなんですが、なぜルークはアナキンにそれを思い起こさせることができたのかと考えたら、アナキンと違ってルークは執着しなかったからってことになるんだろうと思います。
ルークは見事なまでに、自分の命にすら執着しなかった。
これはアナキンにとってみれば衝撃的だったと思います。多分アナキンは何かのために自分の命を捨てるとか考えた事なかったと思うし、自分が死ぬかもとか想像したことも全然なかったんじゃないかと思います。大体「死すべき人の命すらコントロールできるジェダイになる!」とかマジで考えてた人ですからね。アナキンにとって死は愛から最も遠くにあるべきものだったんですよ。
それなのに我が息子は父の魂を救うためにほとんど自殺行為のようなことをやっている。
皇帝のビリビリ攻撃にやられてるルークの姿がベイダーに与えた衝撃や葛藤は、本当に、想像以上にすさまじかったと思います。

「フォースにバランスをもたらす者」アナキンは、息子に救われてシスを倒すことが出来た、という結末を考えるならば、予言の言う「フォースのバランス」とは結局「愛」ってことなんでしょうね。アナキンはジェダイの掟を破って一人の女性を愛して子供まで儲けたわけですが、その子供なくして予言を成すことはできなかったというならば、愛がなければフォースにバランスはもたらせられなかったということだと思います。

そして、ジェダイにも親子の愛、男女の愛が必要というならば、結局それまでそれを忌避してきた旧来のジェダイの有り方には、やはり問題があったということなのかもしれません。愛は執着を伴うし、それが生み出す負の感情は簡単にダークサイドに引きずられるものだけど、でもシスが付け込もうとする「人間らしさ」から逃げようとする限りシスには勝てない、勝ったとしてもまたいつかはやられる。
アナキンはそんな愛の負と正の両面を一人で体現しちゃったジェダイってわけですが、人生そのものが「フォースにバランスをもたらす仕事」みたいなものだったってことで、大変な一生を生きさせられたんだなあとしんみりしてしまいます。

アナキンがこちらに戻ってきて、霊体となったヨーダ、オビ・ワンとのよもやま話は尽きることがないかもしれません。まあ語らなくてもわかりあえるんだろうけど、あの三人が最後並んでる姿には、やっぱり感慨深いものがあるな。
エピソードⅠからの激動の時代を生き抜いたジェダイ3人です。成すべきことを成し遂げて消えていく彼らは最高に素敵でした。

でもこういう見方で観るとルークの影が薄くなってしまう……。
6作全部出てる人と3作しか出てない人では、そういう面では仕方ないのかもしれませんね。
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by teri-kan | 2010-07-26 11:59 | アメリカ映画 | Comments(0)
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