くるくるパーマ

平治の乱の後始末も終わり、大河ドラマ「平清盛」は世間がイメージするお公家化した平家の物語へと一直線。

家がキレイになりました。
お召し物がキレイになりました。
衣装に着られてる感のぬぐえない皆様ですが、時子は似合っていました。
いまいち色合いが娘さんでしたが。

ていうか、公卿になったから平氏から平家になったんですね。知らなかったー。
長年の謎1コ解決。



滋子の天パ話がなんていうか、いくらなんでも天パはないよなあとやっぱり思います。
意図は理解できるんですけどね。でも天パはないよなあ。

「滋子は良い女性だけど院の側に上がるのに巻髪は……」と当代随一の貴婦人であろう上西門院に言わせることで、滋子自身の美質と、天パがいかにあの時代の美の基準から外れているかを説明し、平家一門総出で髪ストレート作戦に奮闘させることで、世の常識はこういうものなんだということも説明する。
その上でそんな概念から自由な男がこの世界には二人いるということを描き、彼らの破天荒さを今一度ドラマ内の登場人物にも視聴者にも印象づける。

とまあ、こういう捉え方でいいのでしょうが、それって別に天パじゃなくても、とはどうしても思っちゃいますね。
視覚的に訴えるものは大ですけど、完全に大を通り越してるし。



婚礼を心待ちにしてるのが顔に表れてる後白河院は面白かった。
結構可愛いところがあるじゃないか。
宋風の結婚式だかなんだかわからんけど、毛色の変わったことをしてもらったことも割と気に入った様子。
確かにあれは帝でいたなら出来なかったことではありますね。院という立場ならではの気安さのおかげかな、あの宴の演出も、滋子の宋風の衣装も。
面白いことやってもらって、院の自尊心は随分満たされたことでしょう。



梅雀の家貞、死去。
唐果物が食べたかったから交易頑張った、という告白は良かったと思います。
うん、ああいうものですよね。行動の原点になってるものって至ってシンプルだったりしますよね。

美福門院逝去。
鳥羽院と待賢門院の愛憎劇に巻き込まれ、若い頃はキーキーうるさい女性でしたが、年を経て良い雰囲気になりました。
この人がいなくなるとますます重々しさが失われるなあ。

この二人がいなくなってオープニング曲の出演者のシメは誰が務めるんだろう。
池禅尼でもいいけれど彼女だってそのうち退場するわけで、なんていうか、大人がいない。立派な大人がいない。
鱸丸がいるとしても(鱸丸の今の名前はなんだっけ?)、本当に彼しかいない状態なんで、鱸丸不在時はどうするのか、かなり気になります。
出てない回、今までも結構あったよね?

オープニング曲の字面や文字量のバランスが悪くなりますんでねえ。
全然どうでもいいことですけど気になりますねえ。
[PR]
by teri-kan | 2012-07-23 14:29 | 大河ドラマ | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 「日本霊異記の世界 説話の森を歩く」 サンフレッチェ広島がリーグ戦首... >>