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海の底にも都はありました

大河ドラマ「平清盛」、とうとう最終回を迎えました。
最後は駆け足というか、平家滅亡ダイジェストと言っても足りないくらいの走り抜け状態でしたね。
ここだけ見ると清盛の青年時代をもっと短くしていればバランス悪くならなかったのにって感じですが、これは平家物語ではなく清盛の物語なのだから、配分はまあ納得できます。

清盛は何をやった人なのか、武士の世を目指すと本人は言ってたけれど、そのセリフ通り武士の世を作った人なのか。
……ということを問われれば、それは残念ながら中途半端に終わって、結局のところ「旧体制を変えようとした人」「旧体制を壊した人」という評価に落ち着くのではないかと思います。
となればその旧体制をドラマ内で描くことは重要で、むしろそれをどこまでわかりやすく表現するか、清盛とどのように関わらせるか、そこがドラマの肝の部分だったんだなあと、振り返ってみて感じます。

武士には全く付け入る隙のなかった白河院時代、綻び始める鳥羽院時代、ガチガチの政治体制に徐々に食い込み、ついには位人臣を極める。
やはり最大の功績、というか清盛の見所はここで、あの麻呂麻呂しい貴族連中を好き放題できるようになるなんて、ほんの数十年前じゃ絶対にあり得なかったことだし、清盛が年齢を重ねていくにつれ古い体制が崩れていく過程は、一年通して観ていて本当に面白かったです。

朝廷の権力構造の描き方は難しかっただろうと思います。摂関家一つとっても、氏長者の意味とか、現代人はその言葉自体知らない人も多いし、天皇家のゴタゴタはかなり詳しくやったけど、摂関家内の争いごとは描ききれなかったし、ホント難しかっただろうなと想像するんですが、とはいっても旧体制の衰弱過程の説明にはかなり力を注いでいたことは感じられたし、ほんのちょっとのカットとはいえ麻呂達は終盤までちょこちょことドラマに出ていました。

と考えていくと、やっぱり弁慶の立ち往生と義経自害のシーンは不要だったなと。
シーン自体は良かったですが、ドラマのテーマ的には頼朝のナレだけで良かったのではないかと思います。
むしろ平家の都落ち後のお公家連中の反応こそ入れるべきだったのではないか。
高熱を発して死んだ清盛について「天罰が下ったのだ」と盛り上がる麻呂の描写は必須だったと思うし、京に入った木曾義仲を「田舎者の武士」と嫌う麻呂とか、「やっぱり武士は野蛮だ」と改めて陰険陰口を叩く麻呂とか、そういうのを描けば「こんなヤツラと清盛は渡り合ってたんだよなー」と改めて振り返られるし、旧体制を壊すことがどれだけ大変か思い知ることができるし、最終的には清盛の事績の確認にもなったのに。

忠清が清盛に進言したように、清盛の失敗は京システムの中で武士政権を作ろうとしたことにあると頼朝も理解していたのだから、義経が後白河院から官位を受けたら激怒するに決まってるんですよね。
で、このドラマで義経を描くならそこの部分だったよね。清盛が離れたかった腐った京都をとことん描いて、清盛と頼朝の境地に達してなかった義経の純粋な浅はかさを強調すべきだった。
そうすれば頼朝が武士政権確立のために血を分けた弟を殺した理由もわかりやすくなったし、清盛の失敗の原因と上手く絡ませることもできたのに。

ていうか、一年間そこを延々描いてきたんじゃなかったんかいー。

最終回では「一蓮托生」がキーワードの一つになっていたけれど、それと対応させるのが義経討伐だけでは足りないのも問題で、自分の死も語るなら子と孫が暗殺されたことにもナレで触れないと!
源氏は最後まで一蓮托生とは真逆の一族でしたって言ってこそ、清盛が生前さんざん言っていた「平家一門は一蓮托生」の言葉も生きるというもので、結局武士の世とは身内同士でさえ血を流し合う殺し合いの世であるという提示もできたのに。
武士の世なんて別に立派なもんでもなんでもない。頼朝の血筋は北条氏によって早々に断絶し、北条氏は足利氏によって滅亡し、その足利氏は殺し合いの極致の戦国時代を招く。
「武士の世を目指す」がテーマだったならば、頼朝をめぐる源氏の血生臭さはドラマ内で最後まで徹底的に説明すべきだったと思いますね。途中までは描けてたんだからさ。

なんかねえ、最終回はいろいろな意味でそれまでの内容とは違った方向を向いた作りになってしまいましたよねえ。

今の時代に清盛を取り上げるということで、こっちとしては清盛の再評価につながるようなドラマを作るのかなと思ってたんですよ。いや、そのつもりで作ってるなあとずっと観てたんだけど、なんでこう最後の最後でこうなっちゃったかな。
別に悪くはないけど、なんか中途半端に終わっちゃったよね。

最後はまさかの小兎丸。
結局清盛の夢が最も純粋な形で残ったのが船での交易ということで、唐突ではあるがそういえば清盛の原点はここだったのでした。
武士の政治と中国との交易がセットになって日本が豊かに富むのは結局室町時代まで待たなくてはいけなくて、さり気なく頼朝がナレでも言ってたけど、室町時代にならなければ実現できないようなものを平安末期に既に清盛は思い描いていたなんて、清盛はメチャクチャ先進性があって、時代の先を行っていた人だったとも言えるわけなんですよね。

時代の先を行き過ぎる人は大概嫌われるもので、実際清盛は日本史上に残る悪人として長年扱われてきたのですが、死後800年以上たってもいまだ嫌われ役を担っているなんて、もしかしたら日本人はいまだ彼に追いついてないのではないか。清盛は日本史上稀に見る大人物だったのに、800年以上たって尚まだ正当な評価を与えられていないのではないか。
……なーんてところまでドラマで訴えたら面白かったと思うんだけどなー。
というか、ヒーローとして描きたいと言ってたんだから、それぐらいヨイショしてもよかったんじゃないかと思うよ? どうせドラマなんだし。

まあ、馴染みの薄い時代なんで大変だったと思いますが、こうしてかなりふみこんだドラマを作ったことで、次への課題も目標も出てきたことと思います。
視聴者がこの時代を知らないから~、なんて言い訳は安易に戦国モノばかり作ってきた人達には言われたくないし、これからも馴染みの薄い時代をドンドン作ってくれと言いたいですね。
「平清盛」は問題も多かったけどチャレンジは見えたし、表現方法や演出に「?」なところも多かったけどテーマははっきりしていたし、いろいろな意味で見ごたえがありました。

なんにしろ一年楽しませてもらいました。
皆様お疲れ様でした。
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by teri-kan | 2012-12-25 13:39 | 大河ドラマ | Comments(0)

本や映画、もろもろについて思った事。ネタバレ有。


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