詐欺師と幽霊作曲家

クラシック音楽で異例の売り上げを誇っていた作曲家の作品がゴーストライターの手になるものだったという事件、大変な騒ぎになっております。
幸い私はそれらの楽曲を1曲もまともに通して聴いたことがなかったので冷静でいられるのですが、そうでない方々は大変お気の毒なことになってしまいました。







一報を目にした時、「こんな時期に発表して高橋のオリンピックをどうしてくれるんだ!?」と思ったのですが、肝心のSP使用曲が騒動の根幹にあるとなれば納得するしかありません。
こうなったら高橋にはこの曲を贈られた少女の思いも受け止めて演技に臨んでもらいたいものです。
「交響曲第一番」と違ってこの曲は新垣氏がきちんとその少女のために書いた曲とのこと。
曲に込められた彼女への思いに嘘偽りはないはずです。
高橋は堂々と滑って、こちらも堂々と応援しましょう。

曲に罪はない。
池辺晋一郎の言葉が新聞にありましたが、確かにその通りだと思います。
作曲者の名は変われど曲は曲としてあるのだから、「騙された!」と怒っている人も、曲を聴いて感動したその心自体は大事にすればいいと思います。
が、例の少女のために書かれた曲はいいけど、「交響曲第一番」はちょっとヤバいところもあるのではないかと思います。副題の付け方が完全に詐欺だし、なのに売れたのはその詐欺丸出しのタイトルがあってこそという面があるから。

残念ながらあのタイトルから想起される感情を「交響曲第一番」に重ねて聴いた方は多いと思うんですよね。
でも肝心の作曲者は広島のことなんて想定せず全く別のもののつもりで作っていたのだから、一つ一つの音に被爆の苦しみなんて全然込められてなんかないのですよ。
そりゃ演奏者は込めて演奏してくれたと思うけど、もともとがそんなシロモノですからね、確かに曲自体に罪はないですが、付けられた名前のせいで完全に穢されたものになってしまったと見るのが「交響曲第一番」に関しては正しいように思います。

にしても、よくまあこんなことが出来たものです。
音楽のみならず自身の演出でもそうですが、被爆者、被災者、障害者、そういった方々に対する人々の感情を手玉にとったものすごい商売だと思います。
問題はかなり深刻で、悪質で、多岐にわたっていて、整理するのが大変なんだけど、意図的であれ結果的であれこの詐欺に加担した周囲の人間、レコード会社、プロモーター、NHKや朝日といったマスコミは大反省すべきですね。ていうか、反省という言葉すら生ぬるくて、いい加減人為的なブームを作ろうとするのやめろよ!という感じ。

今回の件でマスコミが強力にプッシュしてくるものは高確率で胡散臭く、評論家の意見は全くアテにならないということが改めて確認できたというか、これだと世の中に出回ってるほとんどが御用評論家の提灯記事と思った方がいいんでしょうねえ。
実は曲自体の評価はどんなものだったんだろと思って、恐くて滅多に見ない2ちゃんねるのクラシック板を覗いてみたのですが、皆さん割と冷静だったのが印象的でした。
持ち上げもせず、腐しもせず、純粋な音楽の評価や業界の事情がわかって、いろいろと勉強になるくらい。
こういう言い方はなんだけど、評論家よりネット上での評価の方が余程参考になるような気がします。
ネットはネットで問題あるけど、評論家は今回の件でホント価値を地に落としましたね。

うん、本当にいろいろな意味で検証をお願いしたい事件であります。
聴き手がこれに飛びついた心理も興味深いし、詐欺師の精神状態も興味ある。
ていうか、今後新たな真実が明るみになって詐欺師に同情の余地が発生するまでは詐欺師は詐欺師としか呼びたくない。名前書くのも汚らわしい。
でも後々は「佐×××事件」と呼ばれるようになるのかなあ。
となると名前を書かないわけにはいかないかも。
あまりに特徴的な名前なのが皆にとっても本人にとっても災いしそうですね。
ん? まさか名前まで嘘だとは言わないよね。
いや、ここまできたら嘘と言われても驚かないかも。
「本当は自分で作っていました」と言われない限り驚かないかも。

詐欺師、本当にとんでもないことしてくれたと思います……。
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by teri-kan | 2014-02-08 02:13 | 音楽 | Comments(0)
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