「春の祭典」 ピアノ連弾版

前回のグリーグのピアノ協奏曲の感想で、ピアノの音について書いてた時、「春の祭典」のピアノ連弾版を思い出したので、ちょっと書いておきます。

去年NHK-BSでアルゲリッチとバレンボイムが「春の祭典」を演奏している番組が放送されました。
低音のリズム部分をアルゲリッチが、高音部をバレンボイムが弾いてたのですが、これがものすごくってですねえ、とても感動したのですよ。
二人にも感動したけど、「春の祭典」にも、ピアノという楽器にも感動したのです。

「春の祭典」は発表時に大変な衝撃を与えた曲ですが、今この時代でもピアノで聴かされると、それが実感できるというか、聴き慣れた曲のはずなのにすごく先鋭的に聴こえるのです。
ピアノの音で表現されると尖り感がハンパない。かなり恐い。
ピアノは打弦楽器ですが、この「打つ」というのがとてもダイレクトに伝わってきて、ものすごい緊張感なのです。
多分オーケストラ版と比較するからこそ感じられたことで、弦楽器や笛系の音色ってなんだかんだで柔らかい温もりのある音だったんだと、ピアノ版と比べて感じさせられました。

オーケストラ版はバレエとセットというのも大きくて、私は舞台を見たのは一度だけですが、肉体の動きとあの音楽はもう一体化してるんですよね。
「春の祭典」は熱い血の流れる肉体の動きと切っても切り離せない。
でもそういうのを外してピアノだけでこれを弾かれると、うーん、うごめく肉体の、土くさい生命力というこれまでのイメージとはちょっと違うものになる。
踊れないわけじゃないけど、もっと前衛的なものになる。
土着感が薄まって、先鋭的で、どこか未来的。
ピアノってすごいと思いました。
と同時に「春の祭典」ってすごい。

ピアノの音色の幅の広さには感心することしきりです。
それを表現できるピアニストっていいなあと、彼らに対する尊敬の思いもまた強くなりました。
[PR]
by teri-kan | 2015-03-04 11:50 | 音楽 | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 「神道と風水」 ピアノ協奏曲 イ短調 作品16... >>