「滝に飛び込んだり」の近代日本

「あさが来た」で新次郎さんの先がもう短いとわかってしまい、あさが泣いてしまう場面がありました。
そこで新次郎さんはあさを慰めます。
「電車言うのに人がはねられたり滝に飛び込んだり戦争で爆弾浴びたり」して死ぬ人が今時は多いのに、自分はこうしてあさと一緒にいられるのだから泣くことなんかない、と。

しんみりしながら見ていたのですが、「電車」と「戦争」はわかるとしても、「滝に飛び込んだり」ってなんぞ?と思って、自殺のことじゃないかと言われたので調べてみたら、やっぱり自殺のことでした……。
新次郎さんの言ってた「滝」は、華厳の滝のことでした。

明治36年の5月に旧制一高の学生・藤村操が投身自殺をしたとのことで、Wikiにも詳しく載っています。
享年16歳だったそうです。
今まで全然知りませんでした。
華厳の滝が自殺の名所になった理由ってこれだったんですね。

エリート学生の自殺ということで、当時各方面に衝撃を与えて、後追い自殺も続いたそうです。
新次郎さんの言ってるのは、きっとこの後追いの方ですね。
「藤村の死後4年間で同所で自殺を図った者は185名」で、その内「既遂が40名」ってありますから、尋常な数じゃありません。
若者の自殺で後追いと言われると、私の年代では岡田有希子が思い浮かびますが、それ以上のインパクトだったようです。








交通インフラ発達による事故死の増加、若者の自殺、殺傷能力の進化した兵器による戦死。
新次郎さんの挙げたものは近代化による歪みの表れに他ならなくて、夫婦の愛という超パーソナルな語らいの場面で何気にこういうのが入っているところが、「あさが来た」のすごいところだと思います。
どれだけ自分が幸せかを語る場面でああいうものを入れても無粋じゃないし、脚本から視聴者に向けた説教臭さも感じられないし、このさり気なさはすごいです。

その上で、こういう事をサラリと言う新次郎さんは、近代化の歪みを常々憂えていたんだなということがこちらに伝わってきます。
これまでそんなこと口に出したシーンはないし、せいぜいちょっと昔を懐かしむ描写があったくらいだけど、この人はどこまで明治という世を受け入れることができていたのかなと、ここにきて考えざるをえなくなってしまいました。

あさは明治という世に咲いた花で、明治であればこその元気なあさでしたが、彼女がイキイキできたのは新次郎さんが掌の上で自由にさせてあげていたからだというのは明らかで、で、新次郎さんにとってのあさは、そんな新しい時代そのものだったのかなと思います。
明治的なものとはあまり合ってなさそうな新次郎さんが明治を楽しく生きていけたのは、多分あさがいたからなんでしょう。
今井のお父さんが病床で、あさという種に水を与えてくれたと新次郎さんに感謝してたけど、新次郎さんにしてみれば、あさに水をやる役目をもらってこっちこそ感謝という気持ちだったかもしれない。
あさがいたからこその新次郎さんというのは、画面で見ている以上にあるような気がします。

こうなると最後まで和装だったことの意味が深くなります。
これまで柔らかい心の象徴としての新次郎さんの和装だと考えていたけど、近代化に抗う気持ちも含まれていたとなると、ちょっとまた見方が変わります。
最後までビジネスマンにならなかった、というのもありますね。
近代化以前に育まれた粋の文化の結晶とも言えます。

最後までちょんまげを通した加野屋のお父さんを思い出してしまいそうです。
新次郎さんは割と早くまげを落としたから、先進的で効率的な人と誤解されそうだけど、あれは鬢付け油の匂いを嫌った妊娠中のあさのためだったし、もしかしたらあれがなければギリギリまでちょんまげでいたかもしれません。

穏やかな顔で大阪の風景が変わっていくことを寂しがっていたけど、そういった不満を口にすること自体がこの人には珍しいことで、こちらが思う以上に内心は穏やかでなかった可能性があります。
あののほほん顔はそんなこと微塵も感じさせないし、本人がどこまで自覚してるかもわからないけど、前向きに行くことだけを是とした明治の世において、歪みをきちんと感じることができていたというのは、ある意味才能だったのかもしれませんね。
感受性が強くて繊細な人なのはわかっていたけど、それであそこまでのほほんとやってきたというのは、相当強い人だったということでもあります。
稀有な人というか、なんかホントにすごい人ですね。

実は華厳の滝で自殺した藤村操は、夏目漱石の英語の授業を受けていました。
漱石の神経衰弱の理由に藤村の自殺があったそうですが、ここで近代嫌いの漱石が出てくるのが、もうそんな時代なんだなという感じです。
明治37年の暮れに「吾輩は猫である」が出来上がりますから、本当にもうそんな時代です。
その後の漱石は近代社会の鬱屈をたくさん書いていきますが、もし新次郎さんがそれらを読んだらどう思ったかなあと、ふと思いました。

でも読まなくてよいのかな。
問題が問題として大きく認識される前に逝ってしまうのがいいのかも。
日露戦争の悲惨さとかを知る前にね。

……と、現在の新次郎さんの病から逃避していろいろ考えてみました。



玉木、もしかして名優?
脚本の良さはもちろんですが、素晴らしいはまり役です。
老け新次郎さんも良いし、これはこの先玉木で50年は楽しめるということか。

そういえば老けといえば風吹ジュンがとても良くて、首筋の感じとか体の曲がり具合とか、よのさん小っちゃくなっちゃったなあって、ホントにおばあちゃんかと思いました。
真面目に風吹ジュン本人を心配しそうになったくらいでした。

よのさんはホントに老衰で、あれと比べると新次郎さんは老年にいるとはいえ、やっぱり病が原因で寿命を迎えてしまうんだなあと、悔しさが出てきます。
今日を入れてあと4回だけど、今からその時が悲しくてしょうがないです……。




[PR]
by teri-kan | 2016-03-30 16:35 | 朝ドラ | Comments(2)
Commented by 阿波野 at 2016-05-10 19:50 x
こんにちは~。引き続きあさロスの阿波野です。
人生初の五月病かも(/_;)
いけませんね~。良いドラマを見たと、元気に変えないと。

「滝に飛び込んだり」はそういうことだったんですね。
凄くよく分かりました。

私はそれより前のあさの台詞で
「今からでも樺山様に教えていただいた富士山の麓の
 土地を買うて・・・」
に、なぬっ!?Σ(゚Д゚;)となって
「滝」を聞き洩らしていたのです。

ここでいう樺山様とは樺山伯爵のことで
私が敬愛する随筆家で白洲正子のご実家のことでしょう。
ご存知かもしれませんが一応書いておきますと
白洲正子は白洲次郎の妻で貴族のお姫様というよりは
武家の姫君、小林秀雄や青山二郎、宇野千代とも交流が
あった凄い人で
そうね~気性は現代のサラディナーサみたいな人なんです。

白洲正子の随筆は「美」そのものの核心に迫っていて
その文章自体も冴えわたり無二の名剣のようで
すごくお勧めです。

自伝には富士山の麓の別荘で過ごしてたしか乗馬も
楽しまれていたと書いてあったように思います。

ほんにほんに(このterikan様の小技に爆笑!)
よく調べられた上であの台詞があるんだなぁ~と
感銘を受けています(´-`*)♡

Commented by teri-kan at 2016-05-11 12:31
阿波野様、こんにちは!

>「今からでも樺山様に教えていただいた富士山の麓の土地を買うて・・・」

そういえば樺山様って言ってましたかねえ。
誰だかわからなくて、するするっとスルーしてました。
なるほど、白洲正子の実家ですかあ。
あのシーンには当時の情報がいろいろ入ってたんですね。

白洲正子の著書は読んだことなくて、焼き物を収集してたことくらいしか知らなかったんですが、文章が良いのですか。
あ、白洲次郎のドラマは見ました。伊勢谷友介と中谷美紀の。
カッコいい女性という描かれ方をしていましたね。
>現代のサラディナーサ
これはすごいことのような気がします。

>ほんにほんに

かのさんもいい味出してましたよねえ。
「あさロスから早く脱出して下さい」とは「あさが来た」ファンの自分としてはあまり言えないのですが、五月病はつらいので早く元気になって下さいね。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 既に王宮は末期 荒れる春場所は優勝決定後に荒れた >>