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伝説いろいろネールの塔

前回の続きになります。

参考にしたのはギー・ブルトンの「フランスの歴史をつくった女たち」第一巻。
物事は人の感情(愛)で動かされる、というのをテーマにしている歴史書なので、かなり詳しいんだけど一部物語風で、多分にフィクションも入ってるな、と思わされる本。
でも信憑性はありそうだ、といった本。

フランスがアムールの国だということを念頭に置いて読むべきで、ネールの塔の伝説についても、その視点での見方になります。
夜な夜な若者と情事にふけって殺してポイッ、をしていた王妃様はどの時代の誰だったか、というところから、なんかもう「へええええ~~」。

というわけで、ネールの塔にまつわる伝説は、まずは次のようなお話から始まるのでした。(私風にアレンジした文体でまとめています。)







国務に忙しい王様に全然構ってもらえない若くて美人の王妃様は、ルーブルの王宮から毎夜寂しくセーヌの川面を眺めておりました。
早朝のセーヌで働く船頭達のたくましい肉体に、うっとりムラムラする王妃様。毎日ため息ばかりの王妃様。
ところがどうでしょう、王様に依存してたそんな甘ったれ王妃様が、いつしか自立し充足感あふれる王妃様に。
それとほぼ時を同じくして、パリの町は変な噂でもちきりに。

「王妃は夜になるとルーブルからネールの塔に船で渡って、やり手ババアを使って船頭や学生を塔に引き入れてるらしいぜ。お楽しみの後はそいつらを麻袋に詰め込んで塔から落として殺すんだとよ」
「王妃がしつらえた大広間は秘密の階段を通らないと行けなくて、兵士も立ち入り禁止だそうだ。そこはワインと食い物完備で、いろんなヤツの話を総合すると、どうやら週に二、三日は通ってるらしい」

なぜそんな噂が出回るようになったかというと、投げ捨てられた麻袋の中に、ある日袋の口がしっかり閉じられてないものがあったからだそう。
神学生の一人が逃げ出して、「実は塔ではこんなことが」と暴露したため、王妃様の行状が世間に知れ渡ることとなったのでした……。 ~完~



なかなかすごい話ですが、これは実体が定かでない名もなき王妃の昔話ではありません。
しかし実在したと言っても、この話が流行ったのって、この王妃の若かりし頃から数えて二十年以上も後のこと。死んでからも十年程たった後のことなのです。
しかもお話が出回り始めた時期というのが、例のフィリップ4世の息子の嫁達が不貞を働いて逮捕された前後。
この伝説の王妃様というのは、息子の妻に処罰を与えたフィリップ4世の亡き妻、ジャンヌ・ド・ナヴァールのことなのです。

なぜあの時期にこんな作り話が流行ったのか、今となっては定かではないのですが、妃が王(王子)を裏切って愛人や行きずりの男と淫行に及ぶというのは、庶民の格好のネタなのでしょう。
三人の嫁の不行状が話題になった時、世間では「前の王妃を見習ったんだろうよ」みたいな言い方がされたそうです。

「フランスの歴史をつくった女たち」によると、ジャンヌ・ド・ナヴァールが夜な夜な若者を連れ込み~、というのは、まあ、尾ひれ背びれのついた作り話だろうと。
ただ、ネールの塔で逢い引きをしたことはあったかもしれないと。
ジャンヌが賑やかな遊びにふけった王妃だったことは事実らしく、不貞を働いた王妃という噂も本書によると当時からあったようなので、三十代半ばで死んでしまいましたが、いろいろな想像をかきたてる存在だったことは間違いないのかな。

フィリップ4世の息子の妻達については、早熟な妻と比べて男同士で遊ぶことに夢中だった王子は、夜も妻の隣でぐーぐー寝るだけ(笑)。やはりフラストレーションのたまった妻は、散財と派手な遊びに突っ走ってしまった、という話でした。
ただ、マルグリット・ド・ブルゴーニュと愛人フィリップ・ドーネイの関係は、どうやら気持ち的には真面目な恋愛だったらしい。
彼は美男子で三年も関係が続いたというのだから、それなりの間柄だったと思われます。

で、ここがポイントなのですが、彼らの逢い引き場所はもっぱらルーブル宮で、ネールの塔に通っていたのではないのだとか。
デュマの「ネールの塔」については、フィリップ4世の妻の伝説と息子の嫁の事件がごちゃまぜになっている、という指摘が本書ではされていました。

はい、それなら納得です。
現実として嫁自身が塔に通うなんて危険すぎます。
誰かに見られたり知られたりする可能性が大きすぎますからね。

しかしルーブル宮の部屋で逢い引きするのも、二年も三年も誰にも内緒でというわけにはいきません。
手引きする女官、守衛、気付いていながら見て見ぬ振りをした人……当然のことながらそんな人間は相当数いました。
フィリップ4世はそういった人達も処罰の対象にしました。
処刑された人も大勢出ました。
王の怒りは半端ではなかったようです。
当事者の不確かな自白のせいで司祭まで火刑にされ、彼らと少しでも関わりのあった者は災難が自分の身にふりかかるのを恐れ、戦々恐々としていたそうです。

そんな恐怖がいつまで続くかと思われていた時、王は脳梗塞で死にました。
46歳ですから、それまで特に問題なさそうだったのを考えると、突然の早すぎる死ということになります。
実はこの年、フィリップ4世はテンプル騎士団を無理矢理解散させ、団長ら数人を火あぶりにしています。
団長の呪いのせいで王は死んだのだと噂されましたが、なんにしろこの年はフランス史に残る惨い処刑がたくさん行われた年でした。



噂というのはすごいです。
王妃ジャンヌの「夜な夜なネールの塔に男を引き入れ」はともかく、「朝になったら麻袋に入れて殺す」という話は、当時袋に入った男性の死体がどこかで発見された事件があって、それが王妃に結びつけられたのかな?と想像しますが、なんだってまたそういうイメージのされ方をしてしまったのか、さすがに疑問が浮かびます。

で、一つ考えられるのが、実はジャンヌは王妃であると同時にナヴァール女王でありシャンパーニュ伯だったということ。
ただのフランス王妃とは違って、地位と力をそもそも持っている女性なのです。
夫の政治に口出しするし、自分の領地については夫の口出しを許さないし、フィリップ4世もどうやら妻に気を遣っていたフシがある。
かなり強い立場の女性だったのですね。

そしてこれも大きいかなと思うのが、夫のフィリップ4世の性格がかなり謎であるということ。
この王様、美男で有名なんだけどえらく無口で、後世の歴史家からも「よくわからない」と言われるほど、人となりを表すお言葉が残ってないお人。
でも厳しい人だったのははっきりしてて、宮中には秘密警察も放っていたらしい。
なので妻の行状や噂を知らなかったはずはないのですが、でも彼がそれに対してどういう感想を持ったのか、怒るほどのことだったのかそこまでではなかったのか、全くわからないんですね。
ただ、王妃を修道院送りなどにしていないということは、表向きは罪を不問にしたということで、そういった「やってるはずなのにやってないことになってる状況」「事実がはっきりされなくて世間はモヤモヤ」といった状態が、かえって噂を荒唐無稽な話に発展させる要因になったかな?とは思います。

世間を揺るがす大事件になったフィリップ4世の息子の嫁の不品行については、この前王妃の遺産も遠因としてあるようです、
母親からナヴァール王位を継いだルイ(10世)の妻だったマルグリットは、フランス王太子妃であると同時にナヴァール王妃だったのですね。
フランスとは関係ない宮廷サークルを独自で作ることが出来たのです。
そこで好き勝手出来ていたのに加え、仲間の嫁二人が従姉妹同士で気心が知れていたため、暴走しやすい環境にありました。
脇が甘くなってバレてしまったのはそのせいもあったようです。

彼女達の逮捕が庶民に知れ渡ったのは、護送される馬車の中で一人が大声で騒いで外に内容が聞こえてしまったからで、これがますます噂話の制作に拍車をかけることとなりました。
「前の王妃に習ってネールの塔で逢い引きしてたらしい」となったのは、さもありなん。
そこになぜ学者のビュリダンの名が加わるのかはわかりませんが、まあ、世間がシンパシーを感じるような何らかの活躍をビュリダンはして、それがこの話にくっつけるのにちょうどよかったのでしょう。これもそれなりの信憑性を持って後世に伝えられたようです。
そういった様々な創作の過程を経て、行き着いたのがデュマの戯曲「ネールの塔」。
彼が戯曲化したことで、このお話は更に世界に広まりました。



今では夜な夜な若者と淫行にふけり、塔から落として殺しまくっていた王妃のイメージは、ジャンヌ・ド・ナヴァールではなくマルグリット・ド・ブルゴーニュになっているのかもしれません。
マルグリットはネールの塔を密会場所にはしていないのに。
しかも本書から推測するに、ジャンヌは男とは完全な遊びで、マルグリットはフィリップ・ドーネイを真剣に愛してた。
でも王妃として罪が重いのは王以外の男と本気の恋をした方。

マルグリットはジメジメした城に幽閉され、頭を丸刈りにされます。
ほどなくして夫の即位に合わせて殺害されてしまいますが(犯人は夫のルイ10世説が有力)、んー、まあ、お気の毒。
ちなみに前王妃のジャンヌ・ド・ナヴァールも30代半ばで謎の突然死を迎えてます。
こちらは犯人説が複数あるけど、いやー、中世って恐ろしいですね。

恐ろしい中世といえば、この本にはドーネイ兄弟の処刑の様子が、パリ歴史事典よりも事細かく書かれております。
「うええええ~っ」としか言いようがないので詳しく書きませんが、私はネールの塔についてはさっぱり忘れていましたが、この処刑シーンについては結構記憶にあったのでした。
再読して、「そうそうそうだった!」って感じ。
むしろ今となっては、「ネールの塔の事件ってこのことだったのか!」ですね。
インパクトのある間男の処刑場面です。

でも処刑場所の名がパリ歴史事典とは違うんですよね……。
しかもあっちの方が信用が置けるという(苦笑)。

うん、この本、過去の人達の生きてる感じがすごく伝わってきて面白いんだけど、如何せん「それは貴方の創作ですよね?」なところも多いので、どこまで史実として信用していいのか?ってところがあります。
資料の引用と創作の境がいまいちわかりにくい……。
でも女性をメインにした歴史書なので、公にされてない部分を補わなければきちんとした人物像にはならないでしょうし、そう外れた結論にはなってない気はします。

ただ、このネールの塔の伝説については、結局フィリップ4世が鍵になるような気が。
彼の人柄が知りたいと強く思うようになった、伝説あれこれでした。




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by teri-kan | 2017-10-04 16:19 | 本(小説) | Comments(0)

本や映画、もろもろについて思った事。ネタバレ有。


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