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平成を振り返る

ここ数ヶ月思っていたことですが、平成って思いっきり昭和を引き継いでいたんですねえ。

前の天皇陛下の三十年間のご公務を振り返ると、とにかく慰霊の旅が徹底されていました。
今更ながらですが、上皇陛下は戦争を体験した世代であらせられたのだなと、令和を迎えるにあたって強く思わされました。







昭和から平成に変わる時、私はこれで戦争の暗い記憶が少しは遠くなるのかなと思ったんですよね。
戦争の記憶そのものであった昭和天皇がお隠れになってしまったことは、どこか世の中を軽くするのではないかと。
昭和天皇が存命中は戦争責任を問う声が常に天皇にまとわりついて、でも父に言わせれば「生きているうちは無理だろう。とても本人には言えない」とのことで、実際その辺あやふやなままだったというか、一般庶民の日本国民としてはこの問題はとても難しいものでした。

平成になった頃といえば、以前このブログでも書いたことがありますが、世の中(マスコミ)は天皇にとても厳しかったんですよね。
天皇制反対の声が現在とは比較にならないほど大きかった。
でも今は本来反対してるはずの左派でさえ平和の擁護者として上皇陛下を(言い方は悪いですが)利用する時代になってます。

平和の擁護者とは、すなわち憲法九条の擁護者ということで、実は憲法第一条の象徴天皇の定義に反対のはずの彼らはとんでもない矛盾を抱えてるんだけど、まあとにかく、政権が代替わりを政治利用したように、左派も天皇の平和主義を政治利用してるわけで、時代が変われど天皇とはそういう役割を求められてしまうものなんだなと、権威というものの難しさを考えてしまうのでした。

こういう言い方は誤解を招きかねないので躊躇われるのですが、戦争の責任を負われたことで、この21世紀においても天皇は天皇であることを確固たるものにできたという側面は、もしかしたらあるのかもしれません。
あの戦争は国民を扇動した新聞社も含めて、国全体が責任を負うべきものですが、国民の罪も含めて天皇がその立場に集約したというか、それゆえに象徴天皇というものを確固たるものにしたというか、そういうところ、あるような気が。

うーん、なんていうか、人間の罪を背負って十字架にかけられたイエス・キリストが思い浮かんでしまいますね。
天皇という立場に日本の罪と戦災に苦しんだ人々の苦痛を背負われてしまわれたというのは重すぎます。

いやー、敗戦時に天皇制を廃止してなくてよかったと思いますねー。
そんなことにでもなってたら、キリスト教のように強烈な天皇教が生まれてたかもしれません。
しかもキリスト教徒がイエスや神の意思を勝手に解釈して政治利用したがごとくに天皇を政治利用したかもしれません。
生きて存在しておられるから政治家は天皇の意思を自分勝手に利用できないというところ、あるような気がします。
今のように国民と天皇が近い関係にあれば尚更。


まあともかく、無事代替わりが行われたことは良かったです。
前の天皇陛下は信念の人だとご推察申し上げるのだけど、新しい天皇陛下は誠実な人って感じ。
立太子以前からその印象が強くて、即位されてもそれが変わらないというのはすごいと思います。

個人的には天皇の本来のお仕事は日本列島と日本国民へのお祈りだと思うので、祭祀さえきちんと行っていただければ後はまあどのようにでもって感じなのですが、それでも前の天皇陛下のように新しい天皇陛下もたくさん国民の近くに来て下さったらよいなと思います。

世の中にはいろんな人がいて、天皇制に反対してる人は当然、昔気質の保守派には上皇陛下の平成流の振る舞いに批判的だった方もいらっしゃいましたが、ごくごく一般的な庶民の日本国民としては、平成という時代にあのような天皇陛下を戴けたことは幸いだったのではないかと思います。

能天気に代替わりをお祝い事として楽しめた。
難しいことなど考えずに楽しく令和を迎えられた。
天皇制に疑問を持ったり象徴とは何か?みたいな疑問を持たされたりせず。
その御功績は間違いなく上皇陛下にありました。



皇室をめぐる課題・難題は確かに存在してますが、それらはまた別に考えることにしましょう。
とりあえず今回は「さようなら平成」ということで。
上皇陛下と上皇后陛下にはこれからゆっくりと毎日をお過ごしいただきたいものです。

一つ疑問だったのは、なぜ上皇后陛下は皇太后じゃないんだろ?ということだったんですが、「皇太后」は未亡人のイメージが強いからというのが理由だそうで。
……うーん、そうなのか?
いろいろややこしいんですねえ。




by teri-kan | 2019-05-07 01:00 | 事件・出来事 | Comments(0)
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