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いろいろな対立

最近うまくいかない話が多い。難しい。







・G20大阪サミット

事件・事故など起こらず、無事閉幕できて良かったです。
普段はあまり気にとめないG20ですが、議長国となるとさすがに違いました。
これだけの首脳が集まると壮観。
大阪は不自由だったでしょうが、テレビで見るだけの人間には結構なイベントでした。

G20自体は、まああれだけの国の数ですからね。
どうせまとまらないよねって最初から冷めてる部分もあるけど、こうして会うことは大事だなあとは思いました。

とりあえずアメリカと中国の対立が小休止したのは良いことなのかな。
すぐにまた何か起こるかもしれないけど。
経済が混乱するのはイヤだけど中国の一党独裁が強化・拡大されていくのもイヤですからねえ。
うまいこと民主化してくれないかなあ。



・北方四島は暗礁に

丸山議員は言語道断だったけど、正直指摘されると苦しいところというか、ロシアと同じ土俵に立つ覚悟があるのかどうかってことですよね、はっきり言うと。
ロシア自身が戦争で勝って手に入れた正当な領土と言ってるし、クリミアも武力で手に入れてるし、そんな相手から土地を返してもらおうと思うなら最悪その覚悟もしなければならないのではないか、という。

そうでなければ、どれだけお金を支払えるかといった話になると思うんだけど、ロシアはアラスカをアメリカに売ったことを後悔してるとか言うし、余程条件がそろわないと到底無理。
冷静に考えれば考えるほど「何をどうしても返ってこないんじゃ」という気持ちになってくる。
日米安保の傘の下にいる限り無理とか言われると、もう全然ダメってことだし、なら経済援助とかロシアとお付き合いするのやめなよ、と言いたくなるけど、中東がこの先どうなるかわからない現在、エネルギーのことは考えなきゃだし、なんかもうどうにもならない。

日米安保はトランプも辞めたがってるみたいだけど、中国と北朝鮮が今のままでいる限りはアメリカの力は日本に必要なので、結局これも中国の民主化待ちってことになる。
中国共産党の脅威がいつかは和らぐのを期待して、気を長く持っていればいつかはチャンスが来るかもしれないけど、となると元島民の方々が元気でいらっしゃるうちにという事は難しい。

拉致被害者の問題でもそうだけど、時間が迫ってるからどうしても日本は足元見られるんですよね。
悲しいですね。



・キム・カーダシアンのKIMONOブランド

詳細はここでは省くけど、なんで補正下着にKIMONOなのかわからん。
自分の名前がKimだからKIMONOなのかもだけど、でもそれならキムチでもキムコでもいいじゃん。なんでキモノなんだろ。あの下着にキモノ要素まるでないのに。
むしろ着物はボン・キュ・ボンから最も遠い装いなのに。

本人侮辱のつもりはないって言ってるけど、日系や日本人が侮辱と感じたなら侮辱だよ。
日本と着物に対する理解と愛があるようには全く見えない。
あると伝わってくればこっちもそこまで批判しない。
つーか、理解があればそもそもあれにKIMONOとは名付けない。

とんちんかんなんだよね。
そんなとんちんかんにKIMONOを使ってほしくないんだよな。
諭されても理解できないならバカだし、理解できても使うなら性根が醜い。
なんでこんなのに着物がロックオンされてしまったのか、勘弁してよって気分です。




by teri-kan | 2019-07-01 01:00 | 事件・出来事 | Comments(2)
Commented by まるさん at 2019-07-01 09:45 x
 teri―kanさま、こんにちは。
 「kimono」のブランド名は確かに日本の文化を全く理解しない人の無知(と決めつけてごめんなさい)な判断だと思う、というか、白人の文化よりも私たちの文化を一段低く見たような不快さを感じさせる物かもしれませんね。
 元々、アメリカなどの欧米では、日本の着物をガウンみたいに羽織るナイトウェアとして用いる習慣があったと聞いた事があります。長襦袢や下に着る和装下着を普通のワンピースみたいに身にまとっていたフランス人がいたとエッセイ(題名と作者を忘れてしまった)で書いてありました。向こうの人は着物の文化よりも機能性しか見てない。着物本体や帯よりも長襦袢などの下着が好きだったりする(多分軽くて肌触りもいいんでしょうね)なので、日本人からすると「花魁」の下品さを連想させて余計に不快になるという悪循環なのでしょうか。

 私は趣味の会の発表会などで年間、数回、着物を着る機会があります。しかし未だにきちんと着物を着られません。女性の場合体のラインに合わせて補正する必要もあり、うまく、襟を抜いてきちんと着物を着れる様な土台を作るには補正下着と長襦袢の役目は大きいです。また、用途やその場に応じた着付けって難しい物だと思うのです。奥が深くて、面倒で、そして煩瑣です。体力も必要だし。
 着物は、特別な時の厳粛な着衣で、自分では着ないけど、大事な文化、今はそういう時代なんです。でも、もっと身近な物であって欲しいですね。普段、カーディガンを引っかけたり、ジーンズを履く感覚で着物を着ている訳じゃない。
 がちがちに着付けてしまうと息も出来ないので、自然に呼吸が通って、帯の位置などを直せる余裕という物が必要かもしれない。昨日、着物を着て、そんな事を考えていたので、ついコメントしてしまいました。もしかして、見当違いのコメントだったら、ごめんなさいね。
Commented by teri-kan at 2019-07-02 01:27
まるさん様、こんばんは。

>着物本体や帯よりも長襦袢などの下着が好きだったりする

なるほどー、です。
確かにそっちの方が取り入れやすいでしょうね。
ナイトウェアとして身につけるのは知ってたけど、ワンピースのようにして着てたというのは、見たことないけど単純におもしろそうだと思いました。

ただ、それを見て「あなたが着てるのは日本の下着よ」と言うのはわかるけど、洋式の補正下着に着物と名付けるセンスは、やっぱりわからない。
下着と長襦袢と着物の境界が変なことになってます。

炎上商法と言われてもしょうがないですね。
KIMONOの件は名称変更で落ち着いたようだけど、一体なんだったんだろうというのが正直なところです。

>もっと身近な物であって欲しいですね

私なんて着物はもう冠婚葬祭……というか、結婚式で着るくらいですかねえ。
身近ではお茶をやってる人が割とよく着てるなあというくらい。
母の年代の方までは着付けができる人も多かった印象だけど、私の年代ははっきり言ってダメですね。
着物は綺麗で好きだけど、確かに身近なものではなくなっています。
タンスの肥やしではもったいないんですけどね。

浴衣は一時期よりもポピュラーになったような気がしますが。
浴衣にはとりあえず頑張ってもらいたいです。
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