ダンブルドア私見 その2

ダンブルドアやリドルの誕生年はウィキを参考にしたのですが、まさか間違ってるってことはないよね……?
ダンブルドアの足跡を辿るにあたって自前で年表作ったのですけど、彼らの対立って本当に長いんですよね。
リドルがホグワーツにいた頃が第二次世界大戦中っていうのが妙に歴史を感じます。
グリンデルバルドもヨーロッパ中が混乱していた時期に暴れまわってたんですな。






リドルのホグワーツ在籍中には「秘密の部屋」が開けられたこと以外にも恐ろしい事件が多発したが、「秘密の部屋」事件の犯人を突き出したリドルを疑う教師はダンブルドア以外皆無であった。リドル在籍中に事件が多発したと考えるよりも事件が起こった時にリドルがいて良かったくらいにしか他の教師は思わなかったようである。彼に入学通知を持って行ったのがダンブルドアだったというのは、後から見れば魔法界にとって最大の幸運だったと言えるだろう。
しかしダンブルドアはリドル在学中に彼を追求することはしなかった。蛇語を操る少年の存在と「スリザリン」の部屋が開かれた事実を合わせれば犯人の想像はつくが残念ながら証拠はなかった。
実はリドルが父親と祖父母を殺害したのもこの年で、彼の悪行の出発点は1943年に始まると言えるのだが、当時の魔法界はモーフィン・ゴーントのマグル殺害事件をどうこう言うような余裕のある時代ではなく、実はこの時期はダンブルドアも当時の最大の恐怖・グリンデルバルドの問題に頭を抱えていた。
グリンデルバルドが最も最盛を誇った期間は実はリドルのホグワーツ在籍期間と重なる。ダンブルドアがグリンデルバルドと対決した1945年はリドルが卒業した年でもあり、決して欲していたわけではない「ニワトコの杖」の所持者となる年でもある。この杖が後年リドルとの戦いに大きく関わってくることになるとはもちろんこの時は知る由もない。
リドルは卒業後ボージン&バークスの店員となり、いつの間にか姿を消した。ヘプジバ・スミス殺害事件でもリドル(というよりボージン&バークス店)との関わりには誰も気付かず、ヘプジバ殺害は大ニュースになったとしても、その後に発覚したカップとロケットの紛失はおそらく大きく扱われなかっただろう。親族と魔法省担当者がリドルを疑ったが既に彼はおらず、結局彼が関与したと思われる証拠も何も出てこず事件はそのままうやむやとなった。
ダンブルドアには行方をくらました後のリドルの動向もまま耳に入ってきたが、魔法界全体としては平和な時代が続き、1950年代後半~末頃、三度の魔法大臣就任の要請を断ってダンブルドアはホグワーツ校長の職に就く。リドルが突然訪問してきたのはちょうどその頃、彼が卒業してから十数年後のことであった。
それまでリドルがどのような事をしてきたのか、物語から判断できるのはダンブルドアが心を痛めるに十分な所業であったこと、死喰い人はその名を語って既に水面下で悪事を行っていたこと、リドルの容貌の変化から既に彼が魂の分割を行っていたらしいという事であるが、リドルの顔を見る以前からそれを予想していたのか、顔を見て初めて分霊箱に手を出したことを知ったのか、それとも変化の原因をこの時点では見当つけられなかったのか、当時のダンブルドアの分霊箱に関する知識は不明である。分霊箱と容貌の関係性について文献に記述があるなら彼のことだ、リドルの顔を見た瞬間すぐに察知しただろうが、仮にわかったとしても今出来ることはない。ホグワーツ訪問の真の理由もこの時点では見当たらず、正直なところ今後の出方を待つしかなかった。しかし、もしリドルが魔法界支配を目指して決起するなら、その場合は自分が対決しようと考えただろう。グリンデルバルドの時のように1対1なら勝機は十分と見ていたはずである。
しかしリドルのやり方は狡猾であった。というよりダンブルドアを恐れたためと思われるが、できるだけダンブルドアと戦わないですむような戦術で魔法界に手を伸ばしてきた。
ダンブルドアが気付いた時には、魔法界はヴォルデモートを恐怖と熱狂で迎え入れていたのである。
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by teri-kan | 2008-10-10 15:23 | ハリーポッター原作 | Comments(0)
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