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アンソニーのこと

少女マンガについていろいろ検索かけてたら、こんな連載コラムを見つけました。
趣旨としては「オトメ心についてイマイチ理解できないでいる男性に向けた少女マンガ解説」といった感じの、主に女の子の嗜好や性についてのコラムです。

なかなか面白く読んだのですが、特に印象的だったのは「キャンディ・キャンディ」の第一回目。
テーマは「なぜアンソニーは死ななければならなかったのか」で、この一文を見て、この世の中にはアンソニーの死に納得できていない男性がもしかして相当数いるのか?という疑問をふと持ったのでした。
というのも、「キャンディ・キャンディ」の何が許せないと言ってアンソニーを死なせたことだ! という事を、遥か昔にうちの父親が熱く語っていたのを思い出したんですね。
全然死ななくてもいい少年が安易に作者に殺されてしまうという、そういう「ただ盛り上がればいいというだけのために死を使う物語」が父には許せなかったのです。

私はほんの小さい頃にアニメで本作を楽しんだ少女で、私にとってアンソニーは問答無用で「憧れの王子様」でした。キャンディの幸福の原点で、幸福の象徴で、彼が死んだ時は私もただショックだったものです。
だから父に「アンソニーを死なせるなんてケシカラン」とか言われても「そんなこと言っても死んだんだから仕方ないじゃん」としか言い返せなかったのですが、このコラムではアンソニーが死んだ理由をきちんと説明しているのですね。そりゃもう身も蓋もなく、アンソニーの死を純粋に悲しんだ少女(私のこと)の心に対する気遣いもなしに(笑)。



このコラムを読んで、「ああ、そうか、そう言われりゃそうだよな、冷静に振り返ればアンソニーはここに書いてある通りの男の子だな」と理解できるのですが、小さい頃にすり込まれた感情は頑固で強固なのですねえ。それでもやっぱり私はアンソニーは不運で死んでしまったのだと思ってしまうのですよ。決してキャンディの成長のために死んだのではなく。

ああ、永遠のアンソニー。
彼はキャンディの幸福と憧れの象徴だけど、当時の大多数の少女の憧れでもありました。
その死でそれは永遠になったんですよね。私なんか今でも「アンソニー」と言われたら、懐かしいようなほろ苦いような、なんとも言えない優しい気分になっちゃうものなあ。
スイートキャンディ(バラのこと)がぽわんと浮かんできたりしてさ。

……とか言いつつ、実際好きなのはやっぱりテリーだったりするんだけど。



このコラム、身も蓋もないけどまさしくその通りのことを書いているよなあと思います。




by teri-kan | 2009-10-13 11:43 | 漫画 | Comments(0)

「キャンディ・キャンディ」

原画・いがらしゆみこ、原作・水木杏子。
名作であると同時に、出版状況としては最悪の作品。
詳しいいきさつはここでは省くとして、連載中からマンガ・アニメ両方を楽しんできた人間にとっては、なんとも残念な現状にある不朽の名作です。

こんなことになるなら全巻揃えとくんだったなー。かえすがえすも無念。

今の子供達がこれを気軽に読めない(観れない)のは気の毒だと思うほど、それくらいこの作品は良く出来たお話です。
そうですね、外国版おしんみたいなものでしょうか。
でももっと明るいし、夢があるし、前向きになれるお話です。

とはいえ内容はかなり厳しいもので、最終的にキャンディは幸福なんだけど、その幸福の種類はちょっと子供には理解しづらいんじゃないかと思います。乙女が大好きな“恋愛が成就する”少女マンガではないし、キャンディが経験した別れはかなりキツイものばかりで、それを乗り越えた本人の強さには感動するものの、なかなか受け入れがたい人生ではあるのですよね。
私も最初の頃はちゃんと理解できていなかったし、年齢を重ねて読んでからわかった部分もあったりして、少女のための少女マンガではあるのですが、かなり内容は深い。もしかしたら歳をとる毎に何度でも読み返していったらいい作品なのかもしれません。


長い長い物語の末、最後はきれいに輪が閉じられます。
ラストシーンは素晴らしい。数ある少女マンガの中でも最高のラスト。


本当に名作なのですよ。
本当に残念です。
by teri-kan | 2009-08-21 10:50 | 漫画 | Comments(0)

「マイ・フェア・レディ」(1964)

下町の花売り娘を貴婦人に仕立てる賭けをした言語学者が、見事その賭けに勝つ物語。
……という書き方をすると洒落も色気もなさそうですが、この映画は最高に洒落たミュージカルです。

花売り娘イライザにはオードリー・ヘプバーン、言語学者ヒギンズ教授はレックス・ハリソン。



ミュージカルが嫌いという方の理由で「突然歌いだすから」というのがありますが、その理由は実はわからないでもないです。「シェルブールの雨傘」を観た時は私もそういう感想を持ちましたし。
でも楽しい時に自然と歌いたくなるというのは、一般人でも普通にあることでしょう。そういうシーンならば「突然歌いだす違和感」もあまり感じないのではないでしょうか。

イライザが「スペインでは雨は主に平野に降る」(The rain in Spain stays mainly in the plain.)の発音を必死こいて練習して、それがきちんと発音できるようになった時の喜びから「The Rain In Spain」の歌に入る場面は最高で、ああいう高揚感はやはりミュージカルならでは。

「The Rain In Spain」も、続く「I Could Have Danced All Night」(踊りあかそう)も、とにかくイライザの嬉しそうな幸せそうな、自分が生まれ変わった喜びを表している姿はとにかく素敵で、見ているだけでこちらも嬉しくなってくるのです。
この映画のミュージカルとしての一番のハイライトは、やっぱりここですよね。

もちろん後半も素晴らしいです。特にオードリーの美しさにはホレボレします。
ドレスが素敵なんですよ。アスコット競馬場での帽子スタイルがポスターなんかで有名ですが、大使館でのパーティードレスも本当に綺麗で、こういうオードリーを見ると、やっぱりイライザ役は彼女でよかったのだと思います。

舞台ではジュリー・アンドリュースが務めていて、イライザは彼女の当たり役だったそうですが、映画と舞台は違う、ということなんでしょうね。
ジュリー・アンドリュース、とても好きですが。

スクリーンに映える美貌、ファッションセンス、でも歌は吹き替え……。
この映画は人気ミュージカルを映画にする際の課題がよくわかる裏事情も持っています。



個人的には「イライザ」という名に慣れるまでに時間を費やした作品。
私にとってイライザといえば、イライザ・ラガンなんですよ。

イライザ・ラガンさんとは「キャンディ・キャンディ」の登場人物で、主人公キャンディを徹底的にいじめまくる鬼のような女の子なのですが、そのあまりのキャラの強烈さに「イライザ=底意地の悪い性悪女」のイメージが完全にこびりついてしまっているのですね。どうやったっていいイメージにはならないのです。

今でも「イライザ!」と言われれば「意地悪!」が思い浮かびます。
小学生の脳へのすり込みの恐ろしさを感じます。




by teri-kan | 2009-03-30 10:55 | アメリカ映画 | Comments(0)