人気ブログランキング |

タグ:指輪物語 ( 9 ) タグの人気記事

「ホビット 決戦のゆくえ」(2014)

「ホビット」三部作の3作目にして中つ国を舞台にした映画全6作の締めくくりとなる作品。
監督はピーター・ジャクソン。
スタッフ他出演者もお馴染みの方々。

では、つらつらと感想を。

帰る場所があるからこその旅
by teri-kan | 2014-12-17 13:46 | その他の映画 | Comments(0)

「ホビット 竜に奪われた王国」(2013)

「ホビット 思いがけない冒険」の続編。
「ロード・オブ・ザ・リング」の前日譚3部作の第2作目です。

ネタバレ大有りの感想
by teri-kan | 2014-03-10 11:19 | その他の映画 | Comments(0)

「ホビット 思いがけない冒険」(2012) 

「ロード・オブ・ザ・リング」の前日譚と言っていいでしょう。
まだ若かりし頃のビルボの、タイトル通りの冒険を描いた作品です。
ギムリの父親、レゴラスの父親も登場するので、親世代の物語とも言えます。

「ロード・オブ・ザ・リング」同様三部作で、今作はその第1弾。
監督、スタッフ、キャストはほぼ「ロード・オブ・ザ・リング」通り。
世界観は全く損なわれることなく、更に豊かな中つ国を堪能する事ができます。
むしろ「ロード・オブ・ザ・リング」で描ききれなかった部分のフォローになっていると思えるほどの内容の濃さです。

例えば指輪戦争の際、裂け谷のエルフは中つ国のために何をやったんだろうって疑問、原作を読んでない人の中には思った人も多かったと思うけど、近辺のオーク退治に普段からいそしんでることがわかれば、あの時何もしてないはずがないことも想像つくのではないかと思います。
闇の脅威がまだそれほどではないにしろ、既にあちこちで兆候が現れていることも「ロード・オブ・ザ・リング」に関係大アリ。
とはいえまだ魔法使いや高位のエルフしか知りえない情報で、世の中は概ね平和、人々が日々暮らしていくのに特に問題はなかった世界だということ、しっかり味わうことができます。
その闇との関係については映画用に上手く変えて作っているなという印象ですね。

というか、こういうのまで組み込んでるから今回も三部作になるんだよね。
「ホビットの冒険」を映画にするだけなら3時間もの長編が3本も必要になることないんだ。
そもそも原作は快食快適生活を好むのほほんとしたホビットの、いろいろとやってることがことごとく上手く回っていく冒険を描いているもので、闇の脅威なんてそこまで大きくないのです。大体子供向けのお話だし、トーンはどっちかというとかなり明るめ。
でも映画はさすがに映画らしく作られていて、いやー、出だしこそちょっと冗長というか「これだから3時間もかかるんだろうなー」なんて思っていたものが、終わってしまえば「もう3時間?」って感じのスピード感。

うん、よく出来てました。
冒険とアクション、細かな感情と心の触れ合い、勇気とユーモア、父祖の代からの因縁と世界そのものの因縁。
やっぱりこのシリーズはいいですねー。
楽しめる要素が満載です。



ではここからはつらつらと感想&ネタバレ。

内容盛りだくさんなら感想も盛りだくさん
by teri-kan | 2012-12-18 11:09 | その他の映画 | Comments(0)

「シルマリルの物語」その2

シルマリルとは、とあるエルフの手によって作られた至宝で、あまりの素晴らしさに奪い合いの対象、憎しみ合いの象徴のようなものになってしまう宝玉です。
このようなものを作り出せる技の持ち主は、当然のことながらその技術を賞賛されるのですが、当の本人は自らが作り出したものにあまりに執着しすぎてしまい、結果として大変不幸な運命を一族に招いてしまいます。
映画に出てくるガラドリエルもその一族の一人で、彼女も以後長く困難な生を歩むこととなります。

シルマリルを生み出したエルフは大変激しい人で、後の「指輪物語」のエルフと比較すると驚くくらい行動的で情熱的です。
エルフにも若い時代があったんだなーと思うのですが、読んでいると「指輪物語」のエルフは見かけはあれでも中身は老人なんだということがよくわかります。
老人だから達観してるのであって、種族として元々達観してるわけではないのです。
だから若い時代のエルフはなんだかやたら人間くさくて、傲慢だったり勝手だったりする。

もちろん老衰死というものがないので、その若い時代も百年とか千年単位なわけですが、逆に考えると、ひとたび恨みや憎しみを抱くと、それがそのまま数百年数千年続くということで、それはそれで随分と大変な人生だなあと思わずにはいられません。
人間は唯一神によって最初から死すべき運命を与えられている種族ですが、考えようによっては死は恩寵ですね。エルフよりも繁殖力があって、生のサイクルは短いながらも活気と活力が常に再生されるというのも、きっと幸いなことなんでしょう。

まあ、そんなことを思えるようになるのははるか後の時代になってからのことですが。
エルフが若い時代は時代はエルフのもので、人間ははっきりいってお呼びじゃないです。



シルマリルをめぐる不幸は、シルマリルを構成する物にあったんだなあと、再読していて気付きました。
シルマリルって光を中に閉じ込めた宝石なんだけど、この光ってのがすごくて、どんだけすごいのかはWikiのここを見てもらうとして、シルマリルをめぐる最大の問題は、中の光を作ったのはエルフじゃなくもっと高位の存在の者であるということなんですよね。エルフが自らの手で作ったのは光を取り囲んでる宝石部分だけで、シルマリルに最大の価値を与えている光自体はエルフの手によるものじゃないってことです。
光を閉じ込めた技があまりに素晴らしく、自身の手に光を持てるようになった驚きと喜びで皆勘違いしてるけど、これは光を生み出したわけでない者が光を独占しようとしたとも言えるわけで、エルフの能力から逸脱してる行為と捉えることもできるのです。
輝く二つの木が健在な間はまだいいけど、破壊されてシルマリルの中にしかその光は存在しなくなったとなると当然問題は問題として表に出てくるわけで、今後二度と作れない至宝に執着するのは理解できるとしても、これは自分が作ったから自分のものだと完全には言えないシロモノなのです。
ゼロから全てを作り出したのなら案外ここまで執着しなかったかなあと思うし、中から外まで全てを自分が作ったわけではなかったというところが、非常に微妙だったなあと思います。

彼の子孫はその執着を呪いにまで昇華して、ボロボロの末路を迎えます。
素晴らしいものを作り上げたがための悲劇で、それにはもちろんこの世界を代表する例の悪も絡んでいます。
既に神の時代は過ぎ去り、人間と人間くさいエルフの時代の物語で、ここら辺からは本当に「物語」って感じ。
人間は有限の命だし、エルフだって死ぬ人は死にますからね。
限りがあると物語もドラマチックです。




by teri-kan | 2012-10-24 10:47 | 本(小説) | Comments(0)

「シルマリルの物語」その1

作者は「ロード・オブ・ザ・リング」(指輪物語)のトールキン。
映画にも描かれていたあの世界背景をガッツリと語っている物語です。

先日ネットで映画「王の帰還」の実況を見ていたら、今冬公開の映画「ホビットの冒険」は原作以外のお話も盛り込まれていると書かれてあって、予想以上に奥行きの深い映画になるのではないかと俄然期待が高まりました。
で、現在「シルマリルの物語」を再読中。
さすがに「シルマリル」ほど昔の話が映画に出てくるとは思えませんが、あの世界を支えているのはこの話ですしね、素晴らしい世界観をもう一度おさらいです。



映画の中つ国がどういう成り立ちを経てああなったのか、それを遥か昔、それこそ地球生成以前から語っているのがこの物語なのですが、出だしのところは非常に興味深いです。
指輪の持ち主サウロンの悪の源流というか根源というか、なぜあんなとんでもない悪があの世界にはそもそも存在するんだ?という疑問が、映画を見ていたら普通に起こるのではないかと思うんだけど、それについて詳しく書かれています。
ていうか、別に悪のことを書きたいわけじゃないけど、聖なる者達やエルフや人間の歴史を語ろうと思えば必然的に悪について書かなければいけないって感じで、いわばこの世界はずっとずっとその悪との戦いの歴史なんですね。
で、悪はいつ誕生したのかとなると、それはもう最初から、なのですが、絶対的な存在として最初からいたわけじゃなく、悪が生まれる過程というものはしっかりと描かれていて、その悪の生まれ方がね、なんていうか、非常に理解しやすいんですね。私達人間に理解しやすい。
人間に理解しやすいということは、人間にはその悪の要素が備わっているということで、実は中つ国の人間はエルフ同様唯一神の生み出したものなんだけど、であるならばそれを生み出した唯一神にもその要素があるということになって、そういえば例の悪は唯一神の作り出した聖なる者達の一人だったなあと、合点がいくわけです。

ようするに唯一神って善じゃないんですよね。
悪でもないけど完全な善じゃない。
いろんな要素を包えていて、神のくせになんでこんな不完全な世界しか作れなかったんだーって言っても無意味な存在。
この世が不完全ならば、唯一神も不完全なんだよ。

そんなこと考えてると、この世界って唯一神の道楽で作り上げたものなんじゃないかという気もしてくるわけで、そういう意識で「シルマリル」の創世神話部分を読むとなかなか面白い。
作りたい世界の設計図をもとに楽譜を起こして、無である場所でまだ自我のない聖なる者達にそれぞれの歌を歌わせる。聖なる者達は他者のパートと自分のパートの違いから他者と自己の違いを認識し、自分自身を徐々に確立させていく。しかしその過程で自分を目立たせたい、言われた通りではなく自分自身の歌を勝手に歌いたいという者が現れ、自分を誇示するため他者の邪魔をし始める。そしてそれはどんどんエスカレートして、邪魔することこそが彼の目的のようになっていく。
聖なる者達はその役割に従って地球を作り、大地を作り、海を整え、山や川を美しく仕上げ、いろいろな道具も生み出していくんだけど、悪はそれらを妬み、壊し、あるいは盗み、そうして破壊行動を繰り返していくうち、とうとう自分自身では何も生み出せなくなってしまう。

「シルマリルの物語」の、特に最初の部分は何気にモノづくりがテーマで、悪とはいえ元は聖なる者達の中でも力あるはずだった者が、結局自分自身では何も作り出せなくなるという堕落が描かれているんだけど、いやー、言うのもなんだけど、現実のいくつかのパクリ国家が自分達で何も生み出せない理由がよくわかるなあと、読んでて身に沁みましたね。

技術や文化を盗むことをよしとする人達ってモルゴスなんだよ。
盗む者には生み出せない。
盗む者は破壊者である。
これ、結構真理なのではなかろーか。



なんてことをつらつら思う「シルマリルの物語」。
ここに書いたことは物語の前半の中の前半って感じで、これからどんどんお話は進んでいきます。

書かれていることたくさんあるんですよね。
「指輪物語」の時代に行くまでまだまだ遠い道のりです。
by teri-kan | 2012-10-12 11:06 | 本(小説) | Comments(0)

「王の帰還」の人間の実況

先週BSで「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」をやってて、その時ネットの実況も並行して見てたんだけど、フロドとサムの火口での場面で、「フロドごと指輪を突き落とせ」って書いてる人がたくさんいてビックリしました。

いやー、その発想はなかったわ。
でもある意味正しい意見すぎるかも。

本ではなく映画で初めてあの場面を知ってしまった人の意見かなあと、なんとなく思いますね。
映画はすっかり悪人顔になったフロドが目に入ってくるし、それまでのサムとの確執とか挙句の果てのゴラムとの醜い戦いとか、指輪に囚われて可哀想というより「こりゃもうダメだ」と言いたくなるような場面が続くから。
なので「なんだよーフロド」みたいな意見が出てくるのはわかるけど、でもだからといって指輪ごと突き飛ばすことは誰にも絶対に出来ないはずなんだよね。サウロンが、というか指輪がそれをさせないはず。
「フロドを殺してでも指輪を捨てる」と考えるほどブラックな心の持ち主になってしまうなら、それ以前に指輪を自分のものにしたいという欲望に負けるはずだし、そういったちょっとした心の隙が指輪は大好物なんだよ。
ホビットの何がすごいって、そういったブラックな隙がほとんどない人達ってことなんですよね。

だからあそこで「サム、フロドごと指輪を突き落とせ」と言ってる人達は、間違いなく人間なのです。
「ほー、なるほど、その手があったか」と感心した私も人間(笑)。

キレイゴト言うつもり全然ありません。指輪が目の前にあったら思いっきり揺らぐ自信あるし、お国にあんな事情があるなら指輪が欲しくてたまらなかっただろうボロミアの気持ちもすごく理解できる。
だからこそ人間に指輪を持たせちゃいけないなーと思うし、中つ国において本格的な人間の時代が始まるのが指輪消滅後だというの、もっともな成り行きですね。



まあ、サムに「フロドを突き落とせ」と言うくらいなら、かつてのエルロンドに「イシルドゥアを突き落とせ」と言いたいくらいなんですが、そんなのやっぱり無理ですからね。
イシルドゥア、サウロンを倒して奪った正当な指輪の所有者だったし、所有者の意思がこういう場合大事っぽいみたいだし、うーん、考えれば考えるほど思うことなんだけど、よく葬ることができましたよねえ、この指輪。
指輪自身でさえ予期できなかったアクシデントのおかげだけど、でも指輪は絶対フロドとゴラムが醜く争ってる間は「けっけっけっ」ってほくそ笑んでたはずだし、バランス崩して宙に浮かんだ時は「あれ?」って感じだったんだろうなあ。
マズイ、マズイ、こんなはずじゃああああー、と声なき声で叫びながらズブズブと火口に沈んでいったと思うんですよねー。
この辺映画はとても上手かったと思うんだけど、指輪の存在感、めちゃくちゃ大きかったですね。



実は今回の実況ではこの冬公開される「ホビットの冒険」を更に観たいと思わせるような情報があったりして、とてもラッキーでした。
というわけで現在「ロード・オブ・ザ・リング」の世界再びの気持ちがむくむくと上昇中。
映画公開まであと2ヶ月。
待ち遠しいですね。
by teri-kan | 2012-10-04 11:34 | その他の映画 | Comments(0)

「ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還」(2003)

壮大な三部作の第三作目。

ホビットの4人はとうとうバラバラになってしまい(一時はフロドとサムさえも)、4人それぞれがそれぞれの戦いに向き合うこととなる今回。
のどかな村でのほほんと純朴に育った彼らが、お城で微妙な人間関係に翻弄されあっちこっちと奮闘したり、戦地の只中でとんでもない敵と対決したり、いやもうそりゃあ頑張ってます。ただ成り行きでついていっただけなのに、メリーとピピン大出世。後々まで名を残す人物になっちゃいました。

しかしなんといってもフロドとサム。
この二人の戦いには心底感心するし、四つん這いで這い上がっていく姿には……何度見返しても、あ、涙が。
あの姿に言葉はいらないですよね。観て、ただ感じればいいんだ。
それくらい壮絶で、そして火口でのやりとりが、これまた壮絶。

原作と違う火口での最後のやりとりは、初見の時はちょっとピンときませんでした。原作のアレが私は大変納得できていたので、ちょっとガッカリした口かもしれません。例の叫び声もなかったし。
でも映像的な効果からいえば、このパターンもありかなと。ゴラムの幸せそうな顔はとても良かったし、特に「指輪の意志」については大変わかりやすく演出されていると思いました。
最後、彼の燃え残りの上で踏みとどまる指輪はすごかったですね。根性でなんとか沈むまいと頑張る姿は印象的で、一作目でギムリに斧を振り下ろされても屁のカッパだった時とは全然違います。
1作目のあの時は、斧をふるったり皆が言い争ったりするのを見ながら「ケケケ」と笑っていたもんねえ。



「王の帰還」というタイトルは意味深です。
三作目の主たるテーマは原作も映画も(成功するかどうかはわからないにしろ)「指輪の破壊」しかないのですが、副タイトルは「王の帰還」。
あるべき人間の王がその座に還ってくる。と同時に、中つ国から全ての指輪所持者が去る。
「帰還」には丸く収まった世界の到来と、そうなったが故に混乱の時代に活躍した者達との別れがもれなくついてくるという、温かくも淋しいエンディングしかありませんでした。
やっぱり「The Lord of the Rings」という題名の通り、指輪所持者の最後の物語なんだよね……。

このお話のいいところは、やはりこのエンディングかな。
皆があるべき所に帰る、帰れた、というのがとても好ましいです。
by teri-kan | 2011-10-15 16:50 | その他の映画 | Comments(0)

「ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔」(2002)

第1作目「ロード・オブ・ザ・リング 旅の仲間」の続き。

「旅の仲間」の舞台が、ホビット庄、エルフの館、ドワーフの宮殿、エルフの森……といったように、いかにも「ファンタジー!」なところばかりだったのに比べ、「二つの塔」は人間の王国ローハンが出てくるためか、雰囲気がちょっと落ち着いてきます。
なじみのある人間社会が出てくると妙な安心感がありますね。
大規模な篭城戦も繰り広げられ、1作目の「指輪を守って旅をする」というこじんまりとした戦いから、戦も世界の行く末を左右するものへとスケールアップしました。
アラゴルンとレゴラス、ギムリの3人の相変わらずの戦闘能力の高さも見所の一つで、特にアラゴルンは己の立場と責任を徐々に自覚していく「成長する人」として描かれています。もう一人の主役(と言っていいでしょう)として非常にカッコよく、「旅の仲間」に続き彼を観るのは楽しい。

目的を同じくする人々と力を合わせて戦うアラゴルンら3人とは違い、別行動となったフロドとサムはかなり寂しく、精神的に非常に過酷な戦いを強いられるわけですが、このフロドとサムのパートは観ていてとても辛いですね。「二つの塔」で辛いなんて言ってたら3作目の「王の帰還」なんてとても観られませんが、にしてもだんだん精神を病んでいくのがわかって、こっちの気もどんどん滅入ってくる。
そんなフロドのヤバさも含めて「二つの塔」のエンディングは陰鬱で、歌共々なかなか良い。
「王の帰還」にうまくつながっていると思います。

本作のクライマックスの一つ、エント達のアイゼンガルド襲撃はとても痛快で、思わず「サルマンざまー、自然バンザイ」と言いたくなるくらいなんですが、映画を観ている現代の人間はどう考えてもアイゼンガルド側の生き物なので、エラソーに言えないところが複雑な気分です。
まあサルマンは作中ではウルク・ハイなんぞを作っちゃう大犯罪者なんで、容赦なくやっちゃって構わないんですが。

エント、好きですね。でも作中の世界ですら既に過去の存在になっていました。
この消えつつある種族については、原作ではより詳しく描かれていて、この長い映画3部作も更に長い歴史の中のほんの一部分だということがわかります。
原作を読むのが億劫な人も、DVDの長いバージョンを観れば、その辺のことがもう少し深く理解できると思うので、TV放送分もいいけれどDVD鑑賞は是非オススメしたいところです。
by teri-kan | 2011-10-06 16:27 | その他の映画 | Comments(0)

「ロード・オブ・ザ・リング」(2001)

いわゆる「旅の仲間」。長大な三部作の第一作目。

原作と映画を並行して楽しんだ、私にとって珍しい作品です。
第一部だけで4巻もある文庫版の1巻目を読んだところで映画館へ行き、映画鑑賞後2巻以降を読み始め、そしてまた映画館へ行くという、原作と映画をごちゃまぜにした楽しみ方をしました。
でも違和感は全くなし。
映画と原作の世界観は全く同じで、文字と映像と音楽と、全てを総合して何倍にも楽しみました。

今振り返ってみてもこの鑑賞方法は良かったと思います。原作であの世界の奥深さを頭に入れた上で映画にもハラハラできるのだから、両方の良いところ取りした感じでした。


ファンタジー映画成功のための最大の鍵は、原作と同じ世界観と空気感をどれだけ再現できるかということに尽きると思うのですが、「ロード・オブ・ザ・リング」はその点において1作目から3作目まで完璧でした。
DVDに収録された製作場面を観るとわかるのですが、とにかく作り手の熱意がハンパじゃない。原作に対する敬意が深く、だから映像に説得力も出てくる。
特にこの「旅の仲間」は大好きな場面が山のようにあって、やっぱりね、一番綺麗なのです、絵が。
「二つの塔」と「王の帰還」は戦場がメインで、やさぐれた光景だらけなのだけど、「旅の仲間」の風景はどれもこれも、壊れた遺跡さえ美しいのです。

キャストもほとんど違和感なし。最初は「どうしよう」と思っていたイライジャ・ウッドも最後には慣れたし、アラゴルンはカッコいいし、なんといってもガンダルフですよガンダルフ。
イアン・マッケラン、素敵でしたねえ。
灰色がとてもお似合いでした。



関連本を読み漁ったりDVDを買ったり、映画でここまでどっぷり浸かったのはこの作品くらいなものなのですが、だからこそちょっと感想が書きにくかったりする。

原作がすごすぎるからかなあ。

なんにしろとにかく特別な作品であることには間違いないです。
by teri-kan | 2009-09-30 10:42 | その他の映画 | Comments(0)